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2024年4月12日 映画オッペンハイマーを見て

クリストファー・ノーラン監督の3時間の超大作、オッペンハイマーを先日映画館で見てきました。正直、事情を知らないで見るとかなりつらい映画ではないかと思います。音響がすさまじいし。しかしこれが米国で大ヒットしたというのは彼らはそういう知識を持っているのかと驚きます。この映画に対し、ヒロシマ、ナガサキの惨状を描いていないのはおかしいとか、オッペンハイマーがその惨状に悩んだとか映画評が出ていますが、今回映画を見て、私はそれは違うのではないかと感じました。それが描かれていない理由があると、逆に強く思いました。 

ノーラン監督の映画といえば、ダンケルク。イギリス軍がナチスドイツに包囲され全滅の危機となったが、チャーチルの判断であらゆる小型船舶を救援によこして撤退することができた第二次大戦初頭の史実、ダイナモ作戦を描いた作品です。彼は、実にその時代の雰囲気をよく描くことができる監督であると思います。今回も、初めての原爆実験の風景を、真に迫る映像で表現することに成功しているのではないでしょうか。しかし単なる成功物語ではありません。 

映画は当初より延々と査問委員会の議論に入っていきます。これが見ていてなかなか苦しい。主人公が苦しいというのではなく、この査問に登場する多くの科学者について、一定の知識がないと何のことかさっぱり分からなくてつらいのです。まず副主役というべきストローズのことを知らないとそもそも話の筋が読めません。日本人でストローズのことを知っている人はどれだけいるでしょうか。私は、幸いNHKの映像の世紀、バタフライエフェクトで原爆製造の流れやソ連への情報漏えいについて見ていたので、大筋の見当はつきましたが、ストローズは知らなかったため話は半分不明のまま進みました。むしろ最初にストローズが出てくるときに庭にいたアインシュタインが、イメージどおりの姿でほっこりさせられました。録画ならここで一旦止めて、ネットで検索し手知識を得ることができますが、映画館ではそれも不能。そして映画は、グローブズ准将の登場とともにマンハッタン計画の場面が描かれてゆきます。ただし理論物理学の仮説の世界から、現実の核分裂につながる過程の説明はほとんどありません。あんたたちに言ってもわからんだろ、かも知れませんが。ただ中性子の連鎖反応が大気の元素に広がり、世界が火の海になる可能性はないのか、などと真面目に悩むところは新鮮でした。マット・デイモンがこのグローブズ准将をやっているのですが、なんとも写真でみる准将そのもので驚きます。とにかくメーキングが素晴らしいのです。マット・デイモンが出ていることをエンドロールで知りましたが、誰をやっていたのか分からなかったほどでした。しかし原爆完成前にナチスドイツが降伏してしまいます。彼ら量子物理学の研究者たちは、ほとんどがユダヤ人であり、ドイツに先駆けて作ること、ドイツに落とす動機は十分でしたが相手がいなくなった。しかしここまで来ると止められない。いや、止めたくない、完成させたいという衝動から、日本に落とすことが目標に変わります。しかも早く作らないと日本も降参してしまいます。明晰な彼らの頭であればこれを都市に落とせばどういうことになるか当然分かります。そして原爆は完成し、我が国の都市に落とされました。

さて、この後です。一般論としてはオッペンハイマーが原爆の惨状を知り、深く良心の呵責を覚えた、それで水爆に反対したことになっています。果たしてその通説は正しいのでしょうか。私には、ノーランは、いや、そうじゃないということを言いたいためにこの映画を作ったと思えてなりません。確かに彼は水爆開発に反対しました。米国が水爆を作ると必ずソ連も作る。それは昔の量子物理学の同僚がソ連の開発陣を構成している以上必ず作る。水爆による世界戦争は原爆の比ではなく自分たちも間違いなく滅びる。だから水爆の開発の流れを止め、核管理をすべきだとトルーマンに進言したのです。トルーマンが思うような原爆の惨状におびえて逃げ出した卑怯者ではない。米国を守るため、水爆への流れを止めたかったのだ。原爆を作った英雄は、米国を守ろうとした愛国者であったのだ。これがノーランが主張したかったことではないかと強く思います。そしてそれが米国人の心に響いた。それが大ヒットの理由だというのが私の感想です。あくまで「個人の感想です」ではありますが。