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2005年8月9日 オープン法吸引のすすめ

 気管カニューレ経由で気管内の痰を吸引する方法は、ゴールデンスタンダードと言われるような手技があります。それは、吸引用カテーテルを折り曲げ(あるいはリーク孔を開放して)、カテーテル先端に吸引圧がかからぬようにして、まず奥まで送り込み(気管分岐部にあたるところまで深く突っ込めと書いてあることも)、そこでカテーテル手元の折り曲げをやめて、先端から吸引ができるようにしてクルクル回しながら引き上げてゆく、という方法です。今でもおそらくほとんどの看護系の学校、大学では、この方法を教えており、違う方法を用いることはほとんど認められていません。従って現在業務に就いているほとんどの看護師たちは、この方法を用いて患者の痰の吸引をしているわけです。
 それに対して、主に在宅呼吸管理の現場から開始されたのが、ここでいうオープン法での吸引です。なお、吸引について、閉鎖式とか開放式とかといわれているのはこのことではなく、気管カニューレのマウントを外してオープンにして吸引カテーテルを挿入する(開放式吸引)か、あるいはトラックケアなどのクローズドサクションデバイスを用いてマウントを外さず吸引する(閉鎖式吸引)のことです。今回の議論は、これのことではありません。あくまでマウントを外して吸引カテーテルを挿入して吸引を行うときの手技の差についてです。

 私がオープン法を薦めるのは二つの理由があります。

 一つは、実際に自分でやってみて、ほとんどの痰は、気管カニューレ内か、そのすぐ付近で捕捉できると実感していることです。
 もう一つの理由は、自動吸引装置の開発のための実験をしていて、カニューレ付近から異音がしたり、気道内圧が上がって高圧アラームが鳴るような事態というのは、痰が呼気の勢いで、カニューレ内に飛び込んでいるときや、それが吸気で再度気管内に噴出されるときであることを観察したからです。気道のなかで、一番細い部分がさらに狭小化したとき、それらの現象が起こるのですが、この一番細い部分というのが、気管カニューレ内ということになります。気管支はもっと細いだろうと言われそうですが、気管支が細くなるほど本数が増えていきますから、合わせた太さは大きくなる一方なのです。従って、気管系で最も細いのは、気管そのものであり、それより細いのは気管カニューレということになります。私たちが患者さんのベッドサイドにいて、異音がしたりして痰を吸引しようとするときは、痰は既にカニューレ内に飛び込んできているのです。
 それを吸引するのですから、奥まで盲目的に突っ込む必要は全くありません。奥まで挿入して、吸引しながら引き戻すとき、意外に浅いところで痰が吸引できたという経験を皆さんお持ちではありませんか?異音もなく、患者さんの「痰がある」という訴えだけを頼りに吸引するときは、確かに奥の方で吸引できるかも知れません。しかし、異音や気道内圧の上昇というサインに基づいて吸引する場合は、そのような奥を探らずとも浅いところに痰は間違いなくあるのです。 

 では、実際のオープン法の手技について説明しましょう。

 まず、吸引カテーテルの下から12cmのところをセッシ(ピンセット)で挟みます。気管カニューレの長さが11cmくらいであり、これはそれ以上深く入れないための方法です。最初はここに印をつけて練習するとだいたいの位置を覚えることができます。
 次に吸引をしたまま(折り曲げたりせずに)、気管カニューレのマウントを外して中に入れます。最初にググッと痰が引けたところで挿入を止め、そこで痰が引ききれるまでその位置にとどまります。痰が引けなくなったらカテーテルを引き上げて終了です。

 この方法は、現在私が、介護する家族やヘルパーさんたちに教えている方法です。2003年にALS患者に対し、家族や医療者以外の人に、痰の吸引が認められるようになりました。当初、業務としては認めないということもあって、多くのヘルパーステーションでは実施されてきませんでしたが、さすがに3年目ともなり、実際に吸引を行うヘルパーステーションは多くなっているようです。私たちにも、最近よくヘルパーステーションから、ヘルパーの吸引教育の依頼がきます。看護教育を受けたわけではなく、また医療資格もなく、これまで痰の吸引をしたこともない方にとって、気管の中に吸引カテーテルを入れるというのは怖いことです。とくに従来の方法でやると、患者さんが苦しんだり、むせたりしますから、さらに抵抗感が生まれることになるでしょう。そういう方にとって、現在私が教えているこの方法(オープン法)は、その怖さをかなり薄めることが可能であるようです。そして、ほとんどが気管カニューレ内で吸引が終了するため、患者さんに苦痛を与えることがありません。 

 私たちは自動吸引装置を開発するにあたって、結局気管カニューレ自体に吸引孔を複数設けて、ローラーポンプで持続的吸引を行うという方法を見出して完成させることができました。この方法での自動吸引をした場合、一週間で通常の吸引が、わずか2,3回という結果を得ることもできました。つまり、奥深くまで吸引チューブを入れずとも、吸引は完全に可能だということが実証できているのです。痰の流れはあくまで奥からカニューレの方向なのであって、痰は気管の奥に留まっているのではなく、呼吸運動による空気の流れによって常に気管カニューレ内に押しこまれていくように動くのです。

 確かに、これまで奥深くから根こそぎ痰を引くという方法に慣れてきた患者は、この方法では物足りず、不満を訴えるかも知れません。しかし、気道の管理という点からは、この方法でなんら問題ないということを理解してもらうことも必要ではないかと考えています。