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2008年2月3日 名ばかり管理職

日本マクドナルドの店長が、残業手当を要求して訴えていた判決が出た。店長は管理職などではなく、残業代を出さないのは不当だというものであった。この当たり前の判決について、経済界は不機嫌である。なにせホワイトカラーイグザンプションなどという日本人が使わない英単語を突然用いて詐欺的に通そうとした連中である。それはホワイトカラーが自由に自分の勤務時間を設定できるなどという大嘘を言い、実のところは管理職手当ても出さずに残業代を節約しようという試みであることがばれて廃案になった案件である。管理職だとなぜ残業代を出さなくてよいのか。地方都市に住んでいて、都会の大企業の動向に触れる機会も少ないが、地方のトップ企業と目されるべき会社で行われていることは知っている。それはすさまじいばかりの「管理職いじめ」である。

 年季が入った女性社員を辞めさせるためにその会社は何をするのか。それは、管理職にすることなのである。管理職にして朝5時から会議を入れ、夜10時まで仕事をさせるのである。これを毎日繰り返せば退職率100%である。しかし辞めるに辞められない男性社員は、黙々と倒れるまでその勤務を続けるのだ。名目だけの管理職にして、交代勤務の2勤を連続でさせるのである。なんという悪辣な会社であろうか。もはやタコ部屋と言っていい。しかし、これは決して企業舎弟などというブラックカンパニーではないのだ。わが県で売り上げ10位以内に常に入るような「一流」会社で日常的に行われている実態なのである。

 翻ってみて、私たち医者も、遠い昔から実質的なホワイトカラーイグザンプションが実施されてきた職場である。いや、医者だから、ホワイトウエアイグザンプションと言うべきだろうか。医者だから残業代などカウントしないのがあたりまえ。患者が悪ければ何晩連続だろうと病院に泊り込み、休日祝日がないのがデキる医者の証明、そこから抜け出したければ行政医となって保健所に逃げ出すか、生命保険会社の嘱託医になって御用聞きをするしかない。あるいは思いっきり偉くなって本当の管理職になるかだ。そして確かに医者は、相対的に高い賃金でその実態を受け入れてきた。金に淡白なのが医者のプライドみたいなところがあったから、こういう実態を改善することができなかった。いやそういう実態を誇りのように感じてしまっていた。だがその間しっかり労働運動や政治運動をしてきた看護師諸君の待遇は、昔3Kと言われたころからみると驚くほど改善された。なにせ彼女らの最大の利点は、病院から一歩出ればもはや何の束縛も受けないことである。確かに日曜が休みとはできないが、勤務はかなり自由がきき、連続休暇も取れる。海外旅行が趣味という看護師のいかに多いことか。我々医者が、やっと病院から外に出ても、携帯電話に縛られ続ける奴隷のような生き方に比べればいかに恵まれているかわかる。しかし、これは自らの待遇を改善してこなかった医者自らの責任なのである。その結果現在の医療崩壊の一助をなしてしまっている。医療崩壊はマスコミや世間の無理解とか言われるが、実は医者自身が作り上げてしまった悪夢でもあるのだ。

 ワーキングプアは、決して非正規労働者だけの問題ではない、と言われる。今回問題になったような名ばかり管理職もまたワーキングプアだという分析がある。あまりの長時間労働のため、時間給がワーキングプアと同様というのだ。日本はついに正規も非正規も労働者全てをワーキングプア化して、大企業とその株主だけを優遇する社会になってしまったのだ。体制対立があったから、自由社会も福祉社会を作る必要があったという分析がある。しかし社会主義体制の自壊からその必要もなく、時代は古色蒼然たるマルクスの指摘した搾取される労働者という状態に舞い戻ったのだ。だが、労働者を疲れ果てさせて企業が栄えれば国は幸せになるのか。経済界の方々はそれが望みなのか。実に志が低いとしか言いようがない。結局のところそうやって労働者をワーキングプア化させることによって購買力を奪い、国力そのものを落としていることにつながっているのだ。経営者は、自らの会社に入ってくれた労働者の幸せを願い、自らの製品を買ってくれた消費者の満足を喜び、それらの上にこそ自らの繁栄があると自覚できないのだろうか。

 こういう状態が存在するとき、国は、個別の企業に労働者にもっと金をやれなどと言うことはできない。しかし、名ばかり管理職という待遇をさせないという法整備ならできるはずだ。それをしようとせずに、むしろ逆行するといえるホワイトカラーイグザンプションなどをできるようにしようとする。これを推進しようとした安倍政権というものがいかに社会の実態に疎く、人の尊厳など思い至らない軽薄な政権であったかがよくわかる。あの政権が最低の軽薄な終わり方をするしかなかったのは実に当然である。ここまで問題が明らかになった以上、管理職という労働者いじめを是正すべきである。それは管理職を限定的にするということではなく、管理職、非管理職を問わず、残業代はきちんと出すというシステムを作ることである。同一職務、同一賃金というではないか。それは企業の力がかつてなく強まった現在の社会において、人の尊厳を守るために、絶対に必要な条件なのである。現在の状況を改善することが労使間の争いで可能だろうか。決定的に弱体化した労働運動にその可能性が残っているのだろうか。もはや擬似的体制対立のような選挙のみにしか、その可能性はない。かたや経済界べったりの政党があるのだから、もう一方は、もう少し労働者や国民の立場を代弁し、経済界の脅しに負けない論理と力を持ってもらいたい。そのような主張が緊張感を持ってなされれば、対立政党が政権はとれずとも政権党の方が配慮せざるを得なくなるはずだ。体制対立の頃のように。