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2008年4月15日 SASにも気切を

先日のNHKのためしてガッテンは、確かにガッテンであった。食事などのうんちくなどは深いが、医学関係は思いのほか浅いというのがこのガッテンの特徴なのだが(と勝手に思い込んでいるが)、先日のテーマである睡眠時無呼吸症候群(SAS)の話は世間に多い誤解を解いたうえで、この疾患が健康上、重大な問題であることを認識させてくれたと思うからだ。不幸にして後半部分のところで病院から呼び出しを食ってしまい、前半しか見れていないので、本当はテーマにしてはいけないのだが、今回のテーマは、その番組ではなく、睡眠時無呼吸症候群そのものであるから勘弁してほしい。

 ガッテンでは、MRIの動画(そんなことができるんだ、と田舎医者は感嘆)を見せて、気道が閉塞する状態を合点がゆくように示してくれた。睡眠時無呼吸症候群で多い誤解は、「うちの人、ときどき呼吸が止まるんです」というものだ。すやすや寝息を立てていて、ときどき寝息が途切れて、あれ、大丈夫かなと心配することである。その場合、例えば脳血管障害などによる深刻な病状があったり、重度の呼吸不全があって炭酸ガスが高い状態にあったりしないかぎり、単に一時的な呼吸の中断、休憩みたいなものだ。本当に問題であるのは、閉塞型の呼吸中断なのであり、いかにも苦しそうに呼吸が止まってしまう現象なのである。この疾患は、たしか新幹線の運転手がこれにより居眠りして事故を起こしたとかで有名になった。SASという略称の方がむしろ高名となった感もある。一応Wikipediaで調べたら、有名なプロレスラーの死因にもからんでいるとか、横綱がこれで苦しんだとかの経緯もあるらしい。

 さて、そのSASの治療であるが、呼吸器領域では、CPAP、持続陽圧呼吸療法である。呼気のときに気道を陽圧にしておいて、閉塞を防ぐというものである。ALSの患者さんが使うバイパップと似た考え方だ。ALSの場合は、呼吸筋力の低下が原因で換気量が落ちてしまうので、それを補うために圧をかけて肺に空気を押し込むために、ある程度高い吸気圧が必要(多くは1418hPa)であるが、SASの場合、気道さえ開いていれば、空気を吸い込む筋力は落ちていないから、気道を開いておける圧がかけられていればよい。

 しかし、天邪鬼である私は思うのだ。何せ、ALSのバイパップでも、気切を並存させよと主張してきた私である。SASも気切をすればそのような機械を用いずとも解決ではないかと。持続陽圧呼吸療法が見出されるまで、気切は最後であるが確実なSASの治療であった。しかし、日中のQOLの悪さからすたれてしまったという歴史がある。どのようなカニューレを用いるか、あるいはどのようなライフスタイルを考えるかで、この点は再検討が必要ではないかと思ったりするのだ。

 世の中の大きな誤解は、気切とは大変なことであり、その人の人格の全てを葬るくらいの変化があると考えられている。また、気切をしたら声が出せないとか、気切をしたら人工呼吸しかないという誤解だって根強い。私たちは、決して気切は声を失うことでもなければ、人工呼吸とイコールではないと、ことあるたびに声を大にして主張してきた。もちろんALSの医療においても、胃瘻と同じくらい早く気切をするべきだと主張してきたし、患者さんにそのメリットを知ってもらい、実行してきた。ALSにおけるこの考え方は、本来の私の本業である呼吸器疾患についても逆に影響を及ぼした。じん肺による末期呼吸不全の患者に積極的に気切をすすめるようにしたのだ。そうしたら身動きもできないほどADLが落ちていた呼吸不全患者が実に元気になれた。この冬、二人のじん肺患者が、急性増悪で挿管を必要とした。二人とも急性期には、挿管し、酸素濃度を上げて人工換気を行ったが、酸素は取り込めても炭酸ガスが出せない。そのような状態でもPCO2100mmHgを越すような状態であった。そしてこのふたりともに、気切をすすめたのだ。一人は気切、夜間のみ人工換気から、終日自発呼吸に改善できた。もちろん筋力低下などはないから食事もできるし、日中は気管カニューレに蓋をするからしゃべることもできる。もう一人は最近気切をしたばかりで、現在も終日人工呼吸中であるが、笑顔が久しぶりに戻った。この患者は、重度の石綿肺と胸膜肥厚で、ターミナルの呼吸不全という状態で、少し動いてもSpO270台に落ちて、ほとんど身動きもできない状態に陥っていたのだ。そこの感染の合併があり、一気に呼吸停止まで進んだが、今は気切人工換気で、昼ごはんを口からとることが楽しみになっている。呼吸が楽というのは、この患者にとって久しぶりの解放なのである。私たちもこれまでぎりぎりまで挿管せずに頑張らしてきた慢性呼吸不全の患者のケアがそれでよかったのかどうか考えさせられる。じん肺の場合痰も多く、気切は、その痰も簡単に排除できるのだ。

 SASだって、鼻マスクをつけて寝たりするのはなかなかに大変である。もちろん慣れれば可能であろうが、導入には苦労することも多いはずだ。そして導入しても気道内に常に陽圧にするという不自然な状態での睡眠は、無論無呼吸症候群の状態に比べれば圧倒的に質はいいだろうが、自然な呼吸に比べるのは無理だろう。だからこそ思うのだ。気切をするべきだと。突飛だろうか。気切であれば、いびきでまわりの者が迷惑することなどもなくなる。家族の絆も深まろうというものだ。

 昼間は問題ないのだから、蓋をしておけばよい。普通に喋れるし、食べたり飲んだりすることに支障はない。すべきことは、夜間に蓋を外すか、一方向弁に取り替えるだけでよいのだ。もちろん、人工換気用の大掛かりなカニューレである必要などない。高研の出しているレティナのような気切孔を維持するだけのものでよいと思っている。昼間はスカーフなどをしておけば誰もそのようなものをつけていることさえ気がつかない。夜は孔を開放しておけば、何の器具も必要なく十分で自然な睡眠が可能だ。なぜ、この治療が標準になってこなかったのか不思議にさえ思う。おそらくは気切ということに対する誤った、暗いイメージが問題なのではないかとさえ思うくらいだ。

 メーカーも、いかにも医療器具然としたものだけではなく、一般人が使いたくなるようなものを作ってもらいたいものだ。俺のカニューレは、ベッコウだぞ、とか象牙だぞとか(どちらも使えないですね。確かワシントン条約で)自慢できるようなおしゃれな器具を作ってもらいたいなと思ったりするが、これはもう妄想だろうか。