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2009年4月23日 テイジン、逃げるな

文末に5月1日追記を挿入

昨日、テイジン在宅医療の大分営業所所長と担当者が面会に来た。テイジンのNIV(非侵襲的人工換気)装置であるニップ・ネーザルを、今後ALSなどの神経・筋疾患への新規導入を拒否するというものであった。実はその前日、営業担当者が連絡事項のような伝え方でこちらに来たものだから、そのような重大な方針変更を、連絡事項で済ますなど言語道断である。所長自らその根拠となる文書を持って説明に来るようにと伝えたのだ。

テイジンの言い分は、この機器は「生命維持装置」ではない。内蔵バッテリーもないし、これが止まったら生命に関わる患者には適応があると思えない。これまで使っていた患者から取り上げることはしないが、新規の導入はお断りしたい、というものであった。

ALSにもNIVが有効である、とされたのはそう昔のことではない。最初は筋ジストロフィー患者に、通常の従圧式換気装置を鼻に装着して始められたのであるが、1990年になってバイレベル(吸気、呼気の圧の差を用いて換気)が実用化され、フローセンサーによる呼気トリガーが装着されることにより、微弱な自発呼吸もうまく補助できるようになって、ALSの初期の呼吸不全に有効となった。今では、酸素投与が限界(換気量低下によって炭酸ガスがたまるようになったとき)となったら、即気管切開、定量式人工呼吸へと移行せずに、まず鼻マスクや顔マスクによる呼吸補助が試みられることが多い。最初はALSは球麻痺が存在するため、NIVは困難という意見も多かったが、球麻痺の軽い症例や、球麻痺がない症例では、さしたる困難もなく適合することが多い。私たちもこの医療を早い段階から実践し、EPAPは低いほどよいこと、最大吸気時間を1秒以下に短くとること、気切との併用でさらにNIVの継続期間を延ばせることなどを経験し、これまでにも何度も学会や学術誌に報告してきた。

そして、このEPAPが低い方がいいということに、今回のポイントが実はある。それは市販されている多くのNIV機器はEPAPの最低値が4hPaであるが、テイジンのニップネーザルのみ2hPaが設定できた、という問題なのである。ALS患者は、呼吸筋力が低下することによって肺活量が減る。そのため十分に息を吸ったり、吐いたりすることができなくなる。それでIPAP(吸気圧)をかけて空気を送り、EPAP(呼気圧)を下げて肺から空気を逃がす。私たちのように力をかけて空気を吐けないので、EPAPが高いと十分空気を肺から吐けない。呼吸器疾患である場合は、気道抵抗が上昇しているため、ある程度のEPAPの高さがむしろ息の吐きやすさにつながるが、ALSEPAPが高いと換気が落ちる。そのためEPAPの最低値が唯一2であったニップネーザルは、ALSNIVにとって非常に大事な機械だったのである。私も各所で、まるでテイジンのまわし者のようにALSNIVはニップネーザルを用いてEPAP2にするよう発言してきたのだ。したがってバイパップやナイトスターなど他のNIV機器があるからいいじゃないか、とはならないのだ。そしてテイジンのこの勝手が通れば、他のメーカーだって追従していくことも考えられるのだ。

確かに、この医療はリスクがある。しかしそれは単にニップネーザルのみの問題ではなく、在宅人工呼吸器全般に言えることである。もし人工呼吸器を供給する機器メーカーサイドが、在宅での使用にはリスクがあるとして撤退したら、在宅人工呼吸という医療はなりたたない。そして第一義的にそのリスクを負担しているのは、私たち医療現場である。今回テイジンが、ニップネーザルは生命維持装置ではない、という頓珍漢な言い訳をしているようだが、我々や患者側だってそのことは十分承知の上だ。無論、内蔵バッテリーはないよりあった方が好ましいが、ないから使わせないとするなら、この間医療者と患者の努力によって拡大してきたALS患者の呼吸管理でのQOLが大幅に低下することになるのだ。電源の問題は、確かに停電が発生した場合、内蔵バッテリーがないと即時に機器が停止し危険であることは間違いない。しかしそのことは我々にも患者側にも織り込み済みなのである。問われる場合は、そういう機器を在宅で使うことを認めた管理者である我々の責任なのである。なぜならニップネーザルの使用説明書にそのことは記載されているではないか。無論この問題を放置できないため、私たちは現場で使う際は、無停電装置を介在させることで内蔵バッテリーの問題を克服してきた。しかし、使わせないと決められれば、そのような工夫も無駄になる。

わが国でこの機器を用いることは、メーカー(テイジンの場合はディーラーだが)として自信がない、というのであれば、薬事承認を取り下げ、全面撤退すべきであろう。それなら仕方がない。しかし、今回テイジンがしようとしていることは、神経・筋疾患に限定した使用制限である。適応病名を恣意的に制限しているのである。これまで有効性が認められ、使用されてきたある薬を、一部の患者だけには飲ませない、とメーカーが勝手に決めたら、それは差別である。今回テイジンがなそうとしていることはまさしく疾病差別そのものである。ALSであれば、これまで確立してきた医療を禁止してもかまわないとテイジンは考えているのか。もし他のメーカーがあるから自分だけ逃げてもいいとか自分だけは安全でいたいと考えるのであれば、それは企業の社会的責任を放棄した行為であり、厳しく糾弾されるべき無責任な行為ではないか。所轄官庁である厚生労働省は、このような無責任な企業の方針を認めるのか。この医療に関わる者は皆、リスクの存在は認識しながらも、社会的使命を感じて頑張っているのだ。医療機器や医薬の分野は、リスクなき利潤追求などはできない世界と認識すべきだ。テイジン上層部がそのような考えを持っているのであれば、ニップネーザルの代理店を返上し、他のディーラーに託すべきである。

2009年5月1日 追記

4月30日に、テイジン在宅医療本社営業推進部部長および、数日前に就任したという福岡営業所所長の来訪を受けた。彼らの説明では、テイジン本社としては、ニップネーザルの神経筋疾患患者への新規導入拒否などの方針は出しておらず、ただし進行性の疾患では事故が起こりやすいので、慎重に行えという指示だったというものであった。それを当時の福岡営業所所長が、慎重な対応=新規患者には使わさない、と勝手に解釈し、そのように各支店に通達していたと。耳を疑うような返答であったが、今後使わさないということはないようなのでその説明を受け入れることにした。

今回の一件の経過は、次のとおり。まず当方より日本ALS協会のメーリングリストに情報を乗せ、ほぼ同時にこの緊急声明を私のHP上にアップするとともに、テイジン在宅医療と厚生労働省にそれぞれのHPにあるウエブメールを送信した。それらを受けて日本ALS協会と厚生労働省との定期協議で申し入れがされ、厚生労働省の担当課長補佐がテイジン担当者を呼び出し事情説明を受けた。その後当方に説明がなされた、というものである。どこに真実があるのかは当方にはわからないが、今後も神経筋疾患患者へのニップネーザル使用は可能となったことは喜びたい。