BACK

コラムリストへ

2009年12月10日 ALSの呼吸器外し報道に対し

“呼吸器外し「依頼された」が2割 難病ALS治療で医師”

 全身の筋肉が動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の治療に関する北里大の全国調査で、「いったんつけた人工呼吸器を外してほしい」と患者側から依頼された経験のある医師が、回答者の5人に1人に当たる284人に上ることが5日、分かった。
 人工呼吸器を外せば殺人罪などに問われる可能性があり、依頼された医師のほとんどは「外さなかった」と答えた。9人は「外した」としたが、時期や経過の設問がないため詳細は不明。条件次第では「外していい」と考える容認派は約850人と回答者の50%を超えた。
 ALS患者からの呼吸器外しの依頼の有無や対応を医師に尋ねた大規模な調査は異例。中心になった北里大の荻野美恵子講師(神経内科学)は「少なくない医師が患者や家族の切実な願いに直面して悩んでいる。社会的な議論が必要」としている。
 調査はことし3月、日本神経学会の専門医約4500人を対象に実施、約1500人から匿名で回答を得た。   
2009/12/05 18:37   【共同通信】

 日曜の朝刊で、この記事を見られた方も多いと思う。呼吸器を止めたいと思っているALS患者がこんなにいるのか、と驚いた方も多いのではないだろうか。私は、実は逆に感じた。こんなに少ないのか、と。

それは、この調査の方法に起因する。この調査は、あくまで新聞報道の範囲でしか私も知らないのであるが、患者の2割が呼吸器外しを求めているということではない。この疾患にかかわる神経内科医の2割が求められたことがある、ということである。8割は求められていないのか、というのがまず一つ目の理由。次は推理の問題となるが、神経内科医は一人の患者を診ているわけではない。おそらく最低10名くらいは見ているだろう。すると割合として、8×1080は外すことを求めておらず、また、全体状況から、求められたDrの診ている10名のうち9名は求めていないと考えるべきで、2×918名は求めていない。残る2×1=2が求めているということになる。総数とすると80+1898名が求めておらず、2名のみが求めているということになるのだ。つまり2%ということになるのだ。

2割が求めているのではなく、2%が求めていることを注意しなければならない。

ALSの療養というのは、介護者のみならず、患者本人にとっても確かに過酷な状況であることは言を待たない。しかし、2%の患者が求めるからといって、呼吸器を外せないことに対し、医療者は、焦燥感を持たねばならない事態なのか。専門家であるならば、焦燥ではなく冷静にこの事態に対し発言していかねばならないと考える。98%の患者は求めていないということこそ(無論正確ではなく、また単に医師に求めていないだけであっても)現状の医療の評価としてきちんと受け止めるべきであろう。療養の中止としての呼吸器外しについては、以前私もコラムに自分の考えを書いておいた。それだけではなく、今年のわが病院の倫理委員会の最大のテーマとして真剣な議論を行ってきた。その詳細はまだ公表できないが、結論から言えば、呼吸器外しは法的、倫理的に無理というものだったと思う。そのような乱暴なことが出来るようになることが、進歩的とは私は思わない。国際的にわが国の呼吸器療養率が高いことは、恥などではない。そのような療養ができるように環境を変えてきた、患者や、医療者、関係者の不断の努力の賜物ではないのだろうか。例えば、イギリス。在宅人工呼吸という概念さえなく、そのような介護体勢があるわけでもないのだから、殆ど行われていないのは当然だ。そこにはそういう選択肢さえない、ということなのだから。オランダは別格であろう。安楽死を国是としているからだ。昨年のバーミンガムでの国際会議でALS20%が安楽死を選ぶというデータを見せられた覚えがある。ALSの長期療養は事業仕分けできるようなものではない。それは人間の尊厳そのものに対する考え方なのであるからだ。

呼吸器を止める権利、というのは何であろう。自殺を遂げる権利であろうか。そういうものが等しく国民に認められた権利と言えるのだろうか。厳しい状況にある患者が、あるとき絶望して、呼吸器を止めてほしいと願うこともあるだろう。しかし人の気持ちは揺れ動くものだ。絶望から希望に動くことは決して少なくない。それを絶望の淵に陥ったときに決着をつけてしまうというのはあまりに乱暴ではないか。神経内科医の方々に考えてほしいことは、日本には患者の死ぬ権利がないとセンセーショナルに叫ぶのではなく、どのような方法をとれば、呼吸器外しが合法化(あるいは世間に認知)されるのかの道筋を明らかにすることである。刹那的な考えではなく、固い信念であること、第三者の承認を立てること、裁判所の許しを得ることなど、いろいろ考えられるではないか。そういうものをきちんと整理して、世間に訴えてほしいと私は願う。もし患者の死ぬ権利が求められると真摯に思われるなら、そのような建設的な提言が有効だと思うがいかがだろうか。

なお、私は、呼吸器外しはこれまで同様反対である。私の考えは、水・栄養を自らの意思で拒否していただくことこそが、もしALSの療養を終了させたいのなら取られるべき行動だと思っている。固い信念が必要であるし、考えが変われば引き返すことができるからだ。そしてそれを裁判所に「権利」として認めさせることが、それを要望する方のとるべき行動であると考える。医師は絶飲食の苦痛を緩和することにおいて限定的に協力可能と考える。このような生命感にかかわる重大な問題に対し、私は患者の代理はできない。