山本の主張

2017年9月14日 セレキノンと糖尿病

大分協和病院 院長 山本真

 αグルコシダーゼ阻害剤という薬品がある。グルコバイから始まり、ベイスン、セイブルと続いた。腸での糖吸収を抑制し、食後の血糖値上昇を抑えるという糖尿病治療の最初の一手である。疲れた膵臓の尻を叩くことになる多くの糖尿病薬と違って膵臓を温存して血糖値を抑えるので、一時かなりもてはやされた。確かに運動療法、食事療法とともにαグルコシダーゼ阻害剤で良好な状態に安定される患者さんも初期の糖尿病では多かったはずだ。しかし残念な副作用があった。しょっちゅうおならが出るというのである。腹満、腹鳴、放屁が三大副作用であり、これが原因で飲めないという方が特に女性に多かったように思う。男性でも仕事中であればこの副作用は好ましくないだろう。この膵臓に無理させずに糖尿病を治療するという観点は、その後SGLTU阻害剤で大きく進化し、RCTでの有効性も認められ、世界の標準治療となりつつある。不覚ながら小生も数年前に食後2時間血糖値が200突破となり、HbA1cが突然0.4引き上げられるという不運もあって糖尿病群に振り分けられることになった。まだ白箱だったSGLTUを、各社の製品で身をもって体験することになった。そこで分かったのは、いわゆる選択性の高いSGLTU阻害剤より、選択性の低い方が体感的によく効くというものであった。なぜ効くと実感できるのか?それは、早朝の猛烈な空腹感の襲来でわかる。とくに選択性が低いとされるスーグラ、フォシーガ、カナグルの三剤にその傾向が強く、なかでも先行品であったスーグラの症状は他を圧していると感じた。逆に選択性の低いアプルウエイ、ルセフィなどは効果を実感できず、食後血糖値の低下も限定的であった(あくまで個人の感想です)。おそらくこの点は広く社会でも共有されている認識と思われ、市場は低選択性薬剤の方が優勢のようだ。さて、これまで2型糖尿病の進行期では、どこかでインスリン導入を考えねばならなくなってくる。移行への決断ができずHbA1cが高止まりのままずるずる続けていると突然ケトアシドーシスや高浸透圧症に襲われることがある。これらは生食大量輸液とインスリン静注で治療することが可能であるが、とくにケトアシドーシスを生じると、一週間程度ひどい頭痛と嘔気の後遺症に悩まされることがある。患者にとって、それまでの内服での管理から、毎日のインスリン自己注射の間にはかなりの断絶があり、スムーズに移行するというのはなかなか大変な決断と努力が必要であろう。そこに移行段階ともいえる治療法が出された。GLP-1阻害剤の週一回自己注射である。トルリシティとい薬剤がそれだ。使ってみて劇的に効く患者がいることがわかった。トルリシティだと週1回なので、毎日打たねばならないインスリンより格段に患者の心的障壁が低くなる。毎日のインスリンより週1回ならいいか。まずこちらを試してみようかという気になってくれる。4人ほど導入した。しばらく皆さん良好な数値を維持していたが、残念ながら半年くらいで半分の方が効果が乏しくなってしまった。このトルリシティの作用の一つに胃内容物排出遅延というものがある。GLP-1阻害剤の血糖降下作用は、ひょっとしたらこの影響が大きいのではないかと考え、それなら胃や腸の蠕動を低下させる内服薬で同等の効果が期待できないか考えてみた。この手の薬にセレキノンというのがある。自分を被験者にして、全く同じ内容の朝食を食べて、食後2時間値を、スーグラだけと、スーグラとセレキノンの併用で比べてみた。スーグラ単独では175。セレキノン併用で135。歴然たる差であった。もうひとつ効果があった。SGLTU阻害剤にみられる空腹感が大幅に緩和されるのだ。さらにαグルコシダーゼ阻害剤に生じる副作用のようなものが全くない。胃炎が適応病名になっているくらいである。これはいけるかもしれないと、血糖値が各種投薬にもかかわらず、高値安定してしまっている患者さんに試したところ、次々に良好な食後血糖値を得ることができた。たとえば2時間値が260くらいから下がらなかった患者が突然180台まで下がる。αグルコシダーゼ阻害剤であるセイブルを出していた患者でやはり食後血糖値が200以上に高止まりしていた方は、セイブルの代わりにセレキノンを出したところ食後2時間血糖値が170に下がった(この患者は私の友人でちゃんとICを取っていることを付言しておく)。現在数人でトライしているが、なかには変わらない人もいるが概ね(7割くらい)は明らかに食後血糖値が下がる。まだ2ヶ月目程度なのでHbA1cの低下まではっきりと見えているわけではないが、これだけ明らかに下がることを実感できるのは、SGLTU阻害剤なみである。確かに物理的に蠕動を抑えて腸に食物が流れてゆくのを抑えることになれば、血糖値の早期上昇は避けられるはずである。なぜこれまでこのことが知られていなかったのか不思議に思う。セレキノンと糖尿病で検索するといくつか医学文献がヒットする。しかしそこに書かれているのは、糖尿病から生じた自律神経障害による胃腸消化運動異常に対してセレキノンが改善的に働くという内容であって、血糖値効果作用が記載されているわけではなかった。あくまで小生一人のトライアルであり対象も少数の経験から、この効果が間違いない、とまで断定できることではもちろんないが、血糖値管理で難渋している患者に一度試してみてはどうだろうか。「今までないくらい下がった!」と喜ぶ患者さんの顔を見ると、案外次世代でのファーストチョイスになるのではないかと思ったりしているのだ。

 2017/9/14記 ©Makoto Yamamoto