自動吸引装置の実用化にむけての研究

 

主任研究者 大分協和病院 山本 真

共同研究者 高田中央病院 瀧上 茂

共同研究者 徳永装器    徳永修一

はじめに

ALSの療養形態として、在宅人工呼吸管理料などの健康保険給付の新設、介護保険対象疾患への指定などにより、人工呼吸管理下での在宅療養も以前のような特殊な形態ではなくなった。現在、国内で1900名のALS患者が、呼吸管理を受けているといわれ、さらに近年では在宅呼吸管理を受けている患者も増大している(註1)。大分県でも、山本、瀧上らが中心となり、長期呼吸管理を受けているALS患者への在宅療養が進められ、2001年4月現在、大分県内で15名を越す患者が、長期在宅呼吸管理の状態で療養を続けている。しかし、この在宅呼吸管理への移行の拡大は、介護者への負担の増大という問題を否応なくもたらした。とりわけ、吸引行為が医療行為と認定されている(註2)ため、介護職であるヘルパーが代行することが出来ず、その負担がほとんど全て家族、とりわけ配偶者のもとにかかっている。しかもその行為は、夜間を含めて24時間、随時行わなければならず、また、必要なとき、速やかになされなければ、患者の危険に直結するため、介護者にとってきわめて拘束性の高い介護行為となっている。

このような現状を鑑み、気管内喀痰の自動吸引装置の開発を企画した。目的は、患者の喀痰による気道閉塞事故の未然防止と、介護を行う家族の疲労の軽減である。

器械の構築と、制御プログラムの作成は、徳永が行い、臨床実験を通じての吸引動作のためのロジックの作成を、多数のALS患者の呼吸管理に従事している山本、瀧上が行った。現状では、そのような器具の市販はなく、また実用性についての検討も見当たらないため、今回の研究は意義があると考えた。

 

機器の構成

機器構成の詳細は、別図に模式図を記載(図1)した。基本的には、電動式吸引機のオン・オフを、シーケンサーにより制御する方法である。シーケンサー、タイマー、圧力センサーで構成されたコントロールボックスを図2に示す。制御方法は、タイマーによって一定間隔で試験吸引を行い、そのことにより生じる吸引回路内の圧力の変化を吸引ライン内に設置した圧力センサーが感知する。その値をシーケンサーが判定し、吸引器の作動を制御させた。それとは別に介護者の操作するスイッチによっても、試験吸引が開始され、その後は同様にシーケンサーによる吸引機制御が行えるようにした。以上、試験吸引の開始には、2系統の制御系が介在するが、試験吸引以降の制御は共通とした。患者自身の命令系により、試験吸引を開始する方法を付加することは、回路上困難ではないが、患者の状態が多彩であるので、適応スイッチの個体差が大きくなるため、今回の複数患者を対象とした基礎実験では行わなかった。

 

患者への装着

実際の患者への装着状況を、図1および図3に示した。マウントは、気管内吸引用のカテーテルを、マウント上部から挿入、留置することが可能なマリンクロット社製のダブルシーベルカテーテルマウントを用いた。同マウントを患者の気管カニューレに接続し、その上部ホールを通して、吸引カテーテルを気管カニューレ内部を経由し、気管内まで導いた。カニューレ挿入位置は、気管カニューレ先端と、気管分岐部の中間とした。この吸引カテーテルを、機器の構成の項にて示した吸引制御系に接続した。吸引カテーテルは、気管粘膜の損傷を防ぐため側孔付きで、サイズはカテーテルマウント上部のホール径との適合から、12Frを用いた。

なお、電動吸引機は、市販の新鋭工業株式会社製Minic−W(図4)を用いた。また、シーケンサーはOMRON製のSYSMAC CPM1A(図2)を用い、パーソナルコンピュータから命令を書き込んで作動させた。

 

臨床実験1 短期間繰り返し吸引実験

上記にて構成された機器が、現実の吸引行為に使用可能であるかどうかを検証するため、数人の患者の協力を得て、1〜2時間程度の吸引実験を行った(図5)。実験は医師および家族の立ち会いのもとに、経皮的酸素飽和度の測定を行いながら実施した。吸引操作としては、まず、数秒間の試験吸引を実施し、圧力センサーの測定値がある設定値(aとする)を越えて下まわったとき、吸引可能な痰が気管内に存在していると判断し、さらに本吸引に移行させた。本吸引に移行後、圧力センサーの測定値が別の設定値(b)を下まわったら、吸引完了と考え、吸引行為を終了させた。なお、試験吸引にて、吸引ライン内圧がaを下回らないときは、本吸引に移行せず、そこで吸引動作を打ち切らせた。この一連の動作を5〜10分おきに繰り返し、患者の感想を聞きながら1〜2時間継続観察した。

まず、気管内に吸引カテーテルを留置することによる、不快感、咳の誘発などの問題は、実施した4人においては、全く生じなかった。しかし、吸引カテーテルが吸引機のバッファータンクに接続されているため、気道内圧の低下、呼吸での違和感を訴える患者が存在した。これは気管カニューレ内径が8mm以上の患者で生じた。そのため、気道内圧の低下を補正する量の、換気量の増量を行った。通常50ccの増量によって、違和感は生じなくなり、また酸素飽和度の低下や、心拍数の増大は見られなかった。またそれとは別に細い径(7.5mm)の気管カニューレを使用している患者では、吸引カテーテルの留置によって吸気時での気道内圧の上昇が観察された。おそらくはベルヌイの法則に示される、気管カニューレ管内における気流速度の上昇に起因する圧力上昇であると考えられる。この場合は、吸気時間を延長させることで、気管カニューレ内の流速を遅くすることにより気道内圧の上昇を防ぐことができた。

気管内にカテーテルを設置した状態で、痰がない状態では、吸引開始後の圧変化は−13〜−15cmHOの間であった。また明らかに痰があった場合は、最大−30〜−40HOに増大していた。そのため、試験吸引から本吸引に移行させるかどうかの判定を行う圧(a)を−20cmHO、本吸引を終了する圧(b)を−18cmHOとしたところ、良好な吸引動作が維持できるようになった。また、マウントをはずして行う通常の吸引行為とは異なり、マウントを装着したまま、すなわち送気が維持された状態で吸引が行えるので、吸引行為についての患者の負担も軽減されているようにみられた。試験吸引から本吸引に移行し、約45秒の吸引継続が行われた場合も、経皮的酸素飽和度にほとんど変化はなかった。

臨床実験を行ったことにより、問題点として判明したことは、痰が上がってくるのが、ときに急激であることがある、という点である。10分おきの試験吸引では、この現象を捕捉することができなかった。気管内に異音がしはじめて、約30秒以内に急激な気道内圧の上昇があらわれ、呼吸器の内圧モニターが検知し、High Pressure Alarm の警告が鳴り、換気を中断させてしまう。このことより、自動吸引装置の完成形は、気道内圧を常時モニタリングし、その急激な上昇が生じたときに試験吸引から本吸引への動作が保証されるべきであると考えた。臨床実験の際に生じた急激な気道内圧の上昇に対しては、回路に設置した試験吸引開始のスイッチ(図2の介護者用吸引開始スイッチ)を手動にて開いたが、その後の吸引動作自体は良好で、1分以内に痰が吸引され、気道内圧も正常化した。この一連の動作を、自動監視のもとで行えるようなロジックの設定が必要であると考えられた。

副次的な問題としては、吸引行為に伴い、唾液の分泌が生じるが、それに対しては対応できていないためときに口腔内からあふれ、患者に不快感をもたらすことであった。

 

臨床実験2 終夜継続実験

夜間の吸引行為の負担は、ほぼ完全に家族、とりわけ配偶者にかかっている。2時間おきに目覚まし時計をあわせて起きて吸引を行ったり、患者のすぐ横で寝ていて、ごろごろと痰の音がしたら反射的に目が覚めるなど、多くの介護家族の肉体的、精神的な負担となっている。今回の機器作成の企画も、そのような多くの介護家族の希望から出発している。したがって、今回の自動吸引装置の設定にあたり、夜間、家族が起きなくてもすむようなロジックの作成と、安全性の確保が、ひとつの目標であった。

臨床実験1より得られた、吸引開始圧および終了圧などは、自動吸引のロジックを用いることにした。問題は試験吸引の間隔であった。あまり頻回であると、患者さんの睡眠が中断する可能性があるので好ましくなく、かといってあまりに間隔をあけると、痰があがっているのに吸引がなされないというジレンマが生じる。両者の妥協点として試験吸引を20分間隔とした。

 臨床実験は、志願者の女性患者を被験者として5月14日に実施した(図6)。臨床実験実施場所は、安全性確保のための各種モニターの装着や、事前、事後の影響観察のための気管支ファイバースコープ検査を実施する必要があったため、在宅ではなく、短期入院とした。

 21時30分に装着。患者も覚醒していたため、試験吸引の間隔は、これまで同様に10分毎から開始した。23時から翌日8時までは、就寝モードとして、20分毎に延長した。8時から10時30分までは再び10分毎として、終了した。

 結果は、就寝モード時において、一度も自動吸引以外の用手吸引を必要とせず、またhigh pressure alarmの発生もなかった。13時間での採取喀痰量は、約30mlであった(図7)

 以上の結果より、今回の自動吸引装置は、終夜継続実験においても、有効に作動したと考えられた。

 安全性については、終夜臨床実験の前後において、気管支ファイバースコープを用いて、気管内の観察を行ったが、出血や炎症、あるいは潰瘍、びらんなどの変化は認められなかった(図8)

 また、被験者の感想は、以下の通りである。

「先生、看護婦さん共にご心配下さいましたことと思いますが、1時間前に、先生と看護婦さん4名様いらしたことは憶えております。その後は熟睡してしまい何も憶えておりません。それ程、吸引力も音も気にならなく、吸引できていたものだと思います。器具の挿入については、長時間でも別に違和感ありません。挿入直後、少し苦しい感じあり。あれは圧の加減のようでした。」(終夜実験被験者KDさん,64歳 女性,人工呼吸管理歴10年)

 気管内に留置したままの吸引カテーテルも、とくにそれが原因でファイティングなどを引き起こさず、また、20分に一回の試験吸引(あるいは本吸引への移行)も、患者の睡眠を中断していないようであった。

 

検討

吸引カテーテルを気管内に留置し、圧力センサーとシーケンサーを制御系に用いた自動吸引装置を試作し、数名の患者の協力を得て、自動吸引のためのロジックの作成を行った。

その結果、試験吸引を5〜8秒行い、それにより圧センサーが−20cm以下を観測したとき本吸引に移行、本吸引継続中、圧センサーが−18cmを以上に復帰したときを終了点とすることにより、単回の吸引行為が完成できた。試験吸引の間隔は、唾液の分泌状態などが患者によって差が大きいため、共通化した数値を求めることは困難であったが、10分〜20分の範囲が適当であるという印象を得た。しかしながら、それでは突然に生じる急激な痰の上がりを検知できないという問題が判明し、時間ごとの断続的な監視のみならず、気道内圧の上昇を検知するという連続監視が必要であることが、実際の臨床試験の結果明らかになった。実用化のためには、この両者の併用監視が必要であろう。そのためには、呼吸器エアラインからの気道内圧(エアラインの内圧に等しい)モニター管を分岐させ(註3)、そこに圧力センサーを装着し、規定圧より上昇した場合、試験吸引を開始するロジックを追加すればよい。

終夜実験の結果では、試験吸引間隔は20分程度が適当であり、本吸引装置稼働中、痰の蓄積によるhigh pressure alarmの作動が生じることはなく、また患者の睡眠を妨害するようなこともなかった。問題点としては、気管内の痰の吸引に限定されているため、吸引行為で生じる唾液の対策ができないことがあげられる。

安全性については、終夜実験の前後に、気管支ファイバースコープを用いて観察を行ったが、本吸引装置によって生じたとみられる気管粘膜に、出血、損傷や炎症などの吸引カテーテル留置に起因すると思われる影響はなかった。

今回の一連の臨床実験によって確立された、吸引制御に関するロジックをフローチャートに示す。

 

以上、我々の考案した構成および手順による自動吸引装置の作成は、実用的であると考えられた。しかしながら、このような器具の市販にあたっては次の問題点をクリアしなければならない。以下、それを列記する。

1.      医療器具となるため、市販のためには厚生労働省の認可を得なければならない。

2.      医療行為の代替動作を行うことになるため、操作と管理の責任主体を誰がもつのかを明確にしなければならない。

3.      現実的に使用されることになったときは、今回の試験のように、単回での影響だけでなく、連続使用されたときの影響などについても検討される必要がある。

4.      吸引動作の誤作動などに対するアラームの設置が必要である。

このうち、3、4の問題については、実験の積み重ねと、機器の改良によって実現可能であろう。問題は、1と2である。1については、吸引という行為そのものが、医療行為として危険を内在すると考えられている以上、商品として成立させるのは困難であろうと考えられる。そのため、NPO法人のような非営利組織が、患者の依頼によって、作成を代行するという方法はありえないのか、検討を要する。2については、設定の責任が、医療者側にあるのか、患者側にあるのかという問題である。1で示したように、機器の作成の主体が患者にあるとすれば、あくまで患者の責任による設置に対して、医療者側はアドバイスという形で協力するということが現実的な解釈となろうか。これらの問題については、法律家を含めた議論の蓄積が必要であると考える。

  結論

 気道内に吸引カテーテルを留置することによる自動吸引装置を作成した。試験吸引を行い、その圧変化によって本吸引に移行し、また停止するという制御系は、実用性が認められた。試験吸引の開始は、時間、気道内圧の上昇、介護者の介入の3系統を有することが必要であると考えられた。

   

謝辞

本研究の実施にあたり、ALS基金による研究奨励金交付の対象としていただいたことを感謝いたします。また、本研究のすべてにわたり、適切なご助言、ご指導をいただいた、前大分県立病院院長永松啓爾博士に感謝いたします。

本研究は、現在、基礎実験の段階であり、今後今回の臨床実験において必要性が認められた気道内圧センサーも加えた実用実験を重ね、実用性と安全性の確認をすすめてゆきたい。

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