2002年11月27日 救命士の気管内挿管と、ヘルパーの吸引行為

秋田の無許可挿管行為が明らかになって、救急救命士に気管内挿管を認めるという方向が定まりつつある。こういう状況に進んだのは、NHKのERなどの放映が影響したのかななどと思ったりもするが、それは結構なことだと思う。それが真に必要な救急患者に、確実に施されることは、救命率を増やすことは間違いないであろう。ただ、救急救命士が現場に着くまでにその患者が放置されている状況が改善されないかぎり、多くの植物状態の患者を作ることにつながるに過ぎないかもしれない。そうであっても私はその方向に賛成である。99名の植物状態患者を作っても、1名の命と生活を救うことができればそれは価値があると考えるからである。挿管し、100%酸素を送りつつ心臓マッサージを行うことは、単にアンビューバックでエアを送りながら蘇生行為をすることより、間違いなく効果が上がる。 

ところで、である。気管内挿管という手技は、中小病院に勤めていて、そう機会が多くない私のような立場の者(年5回くらいか。最近は、癌末期状態など、むしろ挿管せずと事前に決められた患者が増えており、回数はむしろ減っているぐらいだ)は、かなり緊張を強いられる手技である。万一誤挿管してしまえば、まさに自らの手で殺すのとおなじことである。従って、緊急挿管の際も、なるべく患者の意識をとり、アンビューバックで酸素を送るなどのバックアップを敷いた上で、慎重に行うようにしている。喉頭展開というのは、緊急時結構難しいものなのである。思うように開口しない、頚部がよい角度にできない、唾液などの粘液が溢れてよく見えないなどの事態にはよく遭遇する。また、手技は的確でも挿管チューブの不適合もあるし、それを騒音や振動もある現場で行わねばならない救命士の方々のストレスは結構なものだろうなと同情する。認められるということは、そういう場にいた場合、しなければならないということだからだ。そうなると誤挿管のせいで死んだんだということにされて苦しむ救命士が続出することであろう。まことに同情せねばならない。 

さて、気管内挿管は、まさに医療行為といえる。相当に侵襲的な手技であるし、危険度も高い。なんと言っても我々現場の医者でも緊張を強いられる手技であるからだ。しかし、全くそのような危険や侵襲性もないのに、医療行為だとしてヘルパーに禁止されている手技がある。気管切開チューブからの喀痰の吸引行為である。これは医療行為だとして、看護婦には認められているが、ヘルパーには認められないとして、ヘルパーが行うことのないように、訪問看護ステーションが圧力をかけたりしている。私が携っているALSの在宅呼吸管理などは、この手技が日常的に必要になる。訪看はせいぜい一日90分くらいしか看護できない。そうすると、その「医療行為」をその他の22時間半、一体誰が行うのであろうか。厚労省は、家族ならいいということらしい。ちょっとまて。家族ならしていい医療行為なんてあっていいのか。家族だったら子供のアッペ(虫垂炎。いわゆる盲腸)の手術をしていいのか?絶対に非であろう。家族だったら、おじいちゃんの気管切開をしていいのか。いいわけがない。これらは、まさしく医療法違反で立件される違反行為である。それに比べて気管内チューブからの吸引が、一体どうして医療行為などというのであろう。気管切開をしている患者の場合、多くは自力で喀痰を排出できない。とくにALSの患者となると、咳もできないから、痰が気管内で貯留するのみでなかなか出てこない。もし気管内で痰がつまれば、たちどころに窒息してしまうのである。すなわち、このような患者に気管内チューブからの吸引をすることが危険なのではなく、しないことが危険なのである。そういう事情がわかっていて、例え患者が死んでもうちのヘルパーには吸引をさせません、と言い切るヘルパーステーションの管理者がいる。また、吸引は看護婦の仕事だ。ヘルパーがそれをしたら、当局に通報してやるとおどす訪看ステーションの管理者がいる。かと思えば、私、今からヘルパーじゃないよ、ボランティアだよ、と宣言して吸引してくれるヘルパーがいてくれたりする。私の作ったブラックジョークだなんて思わないでほしい。これらは全て実在する人物の話である。どちらが人間として尊敬に値するか自ずと明らかであろう。 

家族が行ってよい行為、それをはたして医療行為などと呼べるのであろうか。一般人がしてはならない医療行為とははっきり峻別すべきである。一般人である家族ができる行為を、医療行為と言い張って、必要な行為を制限するというのは、明らかな論理的誤謬と言わざるをえない。看護婦が医療従事者であるのは、医療に対して全般的な知識と技術を有しているからであって、吸引が出来るなどという些細なことでアイデンティティを得ているのではない。看護協会が自らの権益を守るために、吸引を医療行為と厳しく制限することを主張するならば、それは医療従事者として自らを貶める主張とさえ言えるのである。そして、それを行うことが危険であるのではなく、それを行わねば危険である行為は、制限する方向でなく、誰でも確実に行うことが出来るよう援助することが倫理的にも正しい方向であると私は確信する。11月14日、厚生労働委員会で、ある議員が坂口厚労大臣に、この吸引問題をただした。坂口大臣の答弁は、こころあるものであった。ALS患者の窮状を理解し、問題を解決しようという意思を感じた。公明党は好きではないが、坂口さん、是非頑張ってこの問題を解決してほしい。本当にここに、ALS患者とその家族の窮状が凝縮されているのだから。

BACK