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 2003年7月15日 自動吸引装置の開発へ

自動吸引装置の開発について、厚労省厚生科学研究費支給対象研究の内定が出たという連絡が、先日あった。とうとう待ったなしの本番である。平成12年から、大分の福祉機器ベンチャーである徳永装器の徳永さんと一緒に自動吸引装置の開発の仕事をしてきたが、当初は、到底在宅で使えるような代物にはならない、というイメージであった。もちろん医療機器として厚労省の認可がとれることもありえないだろうという思いだった。何より、危険すぎた。当初の開発では、吸引カテーテルを、気管カニューレを通して、気管内に留置するというものだった。それを何分かおきに試験吸引してみて、痰があると感知したら、本吸引を行うというものである。気管内に痰がたくさん溜まるのを、未然に防ごうというモチーフだったと言っていい。実際の臨床実験では、多くの患者さんの参加をいただいたが、夜間の実験は成功するものの、日中の動作に問題があった。日中は、突然痰が上がってくることがあり、呼吸器のハイプレッシャーアラームを鳴らすようなことがときに起こるが、それに対応できなかったのだ。あくまで未然の吸引であって、急に溜まったときへの対応が、試験吸引開始ボタンを押すという手動でしか対応出来なかった。さらに、吸引カテーテルを気管内に留置している、ということは、カテーテルが気管粘膜を傷つける可能性が否定できなかった。一晩程度の実験なら、その後の気管支鏡検査で問題なしという結果を得ていたが、例えば数日とか、一週間留置したままだったらどうなのか、とうことに大きな不安があった。そして在宅で運用する上で、最大のネックになりそうだったのが、気管カニューレに、吸引カテーテルを入れる前と後で、気道内圧がかなり変わってしまうことだった。細い気管カニューレの場合、その差は顕著になって、気道内圧がはね上がる。換気量を少し減らすとか、吸気時間を延長させるということでクリアできるのではあるが、夜間のみの実施を前提に考えていたこのシステムであるため、医師でない介護者にその都度呼吸器の調整まで要求することになっては、現実的には運用不可能ではないかと思ったのだ。平成13年春に、補助金をいただいたJALSAに、そのような問題点も列記したうえで、報告書を提出し、その後しばらく我々のなかでも、この開発を進めていくことが出来なくなっていた。 

そこに、状況の変化が生じた。日本ALS協会が中心になって、ヘルパーに気管切開患者の痰吸引を認めるよう、厚労省に求めた運動を受けて、坂口厚労大臣が、前向きに取り組むと決断されたことである。彼らの調査網に、インターネット上に提示しておいた私たちの自動吸引装置の報告書がひっかかったようだ。平成1412月、突然厚労省関係者の訪問を受け、自動吸引装置の開発研究を継続するよう、強く要請された。当面の開発資金として、日本訪問看護振興財団の補助金を受けとれるように、調整するということだった。この依頼を受けて、私と徳永さんとで、かなり突っ込んだ議論を行った。自動吸引装置には、上記のようなかなり深刻な問題点がある。例え資金があっても、こういった問題点を抱えた装置を開発するのは無理ではないかというのが、その当時での私たちの結論であった。平成151月末、徳永さんが、そういった結論を伝えるため、厚労省にうかがうことになった。無理ですと、伝えるはずだった。ところが担当課の課長さんから、約1時間半にわたって、説得されて大分に帰ってきた。先生すみません、作る約束してしまいました、というのが徳永さんの、大分に帰ってきての第一声だった。3月末までに、これまでの問題点を克服して、臨床実験を行い、報告書を作らねばならないことになった。暗澹たる気持ちだった。実のところは。 

機械面での問題点の克服は、資金さえあればという目処はついていた。突然の気道内圧上昇をもたらすような急激な痰の上がりに対応するためには、気道内圧をモニターして、一定値を超すことがあったら、試験吸引動作に入ればいいからだ。前回の臨床実験のときも、既存の圧力モニターを使ってやろうとしたのだが、単位が大きすぎて、微妙な圧力変化が感知できなかった。今回は、cm水圧として、コンマ1単位まで計測できるモニターを特注で作ることができた。残る問題点は、気管内に留置する吸引カテーテルである。いよいよ新型のモニターを組み込んだコントローラーが完成し、臨床実験に入る直前にあることがひらめいた。吸引カテーテルを、気管カニューレの先端に合わせて置いてはどうか。臨床実験の最初の被験者は、当初から自動吸引装置の開発を期待してくれていたKさん(女性)である。これまでのように気管内に留置するのではなく、気管カニューレの先端部のところで止めておいて、果たして痰は吸引できるのだろうか。祈るような気持ちで数時間の臨床実験にのぞんだ。そして、痰は見事に吸引されたのである。小躍りしたい気分だった。最大の壁が越せた。それもコロンブスの卵のような単純な発想の変更で。その晩、私たちは大いに飲んだ。実にうまい酒だった。気管カニューレの断端に、吸引カテーテルを止めるというのは、カテーテル先端が気管内にはないことを意味する。ないのだから、気管粘膜を傷つけるわけがない。これまでの患者さんの気管を傷つけるかどうかという最大の不安が、一気に解消できたのである。このことにより、私たちの自動吸引装置の目的が、未然に痰の貯留を防ぐという予防的な考え方から、痰による気管カニューレの閉塞を防ぐ、という危機管理としての考え方に変更することになった。徳永さん特注の気道内圧デジタルモニターも見事な精度を見せた。モニターで測定された通常の最大気道内圧に、0.3キロパスカルを加えた数値を試験吸引開始のトリガー値に設定しておくと、うまく痰を感知し、吸引できるということがわかった。終夜実験につきあっていただいた3名の患者さんでは、夜間に手動の吸引を加える必要は生じなかったのである。 

吸引カテーテルを気管カニューレ断端に一致させるという方法は、気管カニューレに吸引孔を増設することと事実上同等である。もしそうなれば、残る問題点であった、吸引カテーテル挿入の前後での気道内圧の変化という問題がなくなる。また、吸引カテーテルをその都度気管カニューレに通すという手技も必用がなくなる。さらに、これまでのような通常の用手的な吸引手技も、今まで同様に出来るようになる。そしてこれらの状態が、自動吸引装置の完成形であるというイメージをはっきりと描くことができた。私たちはこれらの成果を報告書にまとめ、またその時期に厚労省で行われていた、吸引問題検討会上で行うプレゼンテーションを用意させていただいた。その結果、同検討会の報告書として、自動吸引装置の開発が強く求められるという文面を記していただくことになったのである。 

とりあえず、これがこれまでの経緯である。そして、検討会報告書を受けて、厚労省の厚生科学研究費の支給対象研究としていただくことになった。本年8月に幕張で開催される日本呼吸管理学会総会では、こういった経緯を報告する予定であり、今その準備に追われている。学会が終わったらいよいよ装置の実現にむけて、気管カニューレメーカーとの共同作業の開始である。神経難病患者さんのためのこれまでにない機器の開発なんて、そう滅多にある機会ではない。渾身の力で実現までこぎつけたいと思う。全国の在宅で頑張っておられる気管切開、人工呼吸下の神経難病の皆さん、後少し時間をください。必ず皆さんのためになるものを作りますから。