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  2003年9月13日 呼吸器事故を放置してよいのか

先日、ある方からのメールがきた。一部を伏せさせていただくが、次のようなものだ。

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実は私の夫もALSで3年前の●月に呼吸器事故で亡くなりました。
気管カニューレと呼吸気管の接続部の外れです。
夫は平成3年にALSを発症し、1年半で呼吸器を装着し
その後およそ8年間在宅で介護していました。
事故が起きたのは、介護疲れの軽減目的のショートスティ先の病院でした。
その後病院側に事故の原因究明、再発防止を申し入れ
本年●月に病院側との和解が成立しました。

当初、事故が起きた時点では、ショートスティ中であった事や
この先ショートスティを受け入れてもらえる病院側がなくなるのは
困るという危惧があり事務局長からは、病院側を一方的に
責めるのはやめて欲しいと言われていましたが、
私としては責めるのではなく、原因をきちんと明確にしてもらい、
再発防止をきちんとさせてもらうのが、今後のALS患者のためにも
なると考え、病院側と話し合いを持ってきました。
結果として私だけの満足かとは思いますが、病院側も事故対策をきちんと
今後もして行く約束を(いろいろな具体策がありますが)取り付ける事が出来ました。

JALSAの山本先生の投稿文を拝見いたしまして、
私も事故に遭った者として「何故器具として安全なものが出来ないのか?」
と、疑問に思っていてメーカーにも問い合わせたり
ALS協会に問い合わせもしたのですが、
メーカーではそのような事は無理である。
また協会は以前そのような申し入れをしたが進展はないような・・
また、全く返事がない。

どうにかならないかと自分ひとりで「何かしなくては」と
他の病気で呼吸器を装着した方々に伺って話をしてみようかと考えたり・・
具体策が浮かばず・・・

私は一被害者として、なんとかならないかと何でもしようと考えております。

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私が以前から訴え続けてきた、呼吸器接続事故の被害者の実声である。その悲痛な声に私はこれ以上語る言葉をもたない。8年間も頑張って、在宅で事故を起こさず介護してきたのに、もっと安全であるべきショートステイ先の病院で、接続外れ事故で亡くなってしまう。先日青森県で起こった事故も、これと全く同じパターンであった。このようにショートステイ先で事故が起これば、遺族は当然病院を責める。もちろん病院は事故が起こらないよう最大限の注意をしなければならず、それが破綻したのだから責められてもしょうがない。しかし、病院で長期呼吸管理を実施している者として、真の責任者は誰なのか、と思わざるを得ない。明らかな欠陥器具を配布しておいて、それが事故を引き起こしたら、それは使った者の責任なのだろうか。この車は、突然ブレーキが外れることがありますので、注意して走ってください、と言われて走るバカがいるだろうか。消費者は、当然ブレーキが外れることのない車を選択するだろう。そのような欠陥車は当然市場から排除されることになろう。実際、近年の某自動車会社の低迷はこの問題と無縁ではない。ところが、市場全ての製品がそのような欠陥を有しているのが今の人工呼吸器関連製品なのである。私も、自動吸引装置の開発のために、国内の気管カニューレメーカー数社とディスカッションをしてきた。その中で、ロック式コネクタの開発をする気はないかと、いつも問うてきた。ほとんどが消極的反応であった。開発費用がかかる。国際規格がある。そういう理由であった。私は不思議に思う。これだけ事故が多発している状態で、欠陥でない製品を作ることが出来たら、一挙に市場を確保できるではないか。なぜそれをしないのかと。そうしたらあるうがった話も耳に入った。国際規格のままの製品で事故が起こっても、メーカーに責任はないが、改良品を作ってもし事故が起きたら、メーカーの責任になる、という本音である。そして現実に、これだけ事故が頻発しても、問われるのは病院の責任ばかりであって、このような欠陥品を放置していることが問われていない。私は、それでは絶対に事故はなくならない、と言う他ない。ブレーキが突然外れる車で安全運転をせよと命じられているのが、私たち病院の実態なのだ。

では、誰が変えられるのか。監督官庁に決まっている。選択肢のない状態のなかで事故が頻発しているのだから、市場原理は働かないし、メーカーも折角病院に責任を押し付けられているのだから、それを引き取る冒険をするはずがない。その状態を打開するには、権限のある者が権限を行使する以外にないのである。規制緩和が流行語である現在で、逆行するような話であるが、人の命がかかっているのだから仕方ないではないか。そう思って以前私は首相官邸に意見のメールを出した。それが今回のJALSAの機関誌に掲載されたのである。意見のメールに何か反応があったか?もちろんそんなものはない。何万と送りつけられるメールとして処理されただけであろう。個人の力なんてそんなものだ。だから、個人の力を越えた行為をなさねばならないのだ。実は先日、日本ALS協会は、この問題を厚労省に対して取り組むと言ってくれた。それにあたり、私の提言を掲載させてほしい、ということであった。先のメールの送り手のような、多くの被害者がいる。欠陥品のための事故の責任をかぶせられた多くの病院や、日ごろ頑張っていたにもかかわらず、突発的に事故が起こって自らを責めている多くの医療者がいるのだ。吸引問題でリーダーシップを発揮できた日本ALS協会の次の一手として、心から期待している。多くの被害者の方々も、ともに声を上げて、世の中を変えてほしい。国際規格を守りながら、ロックを設定することは絶対に可能だからだ。そしてそれさえあれば、確実に事故を激減させれることができるのだ。

なお、参考までにJALSAに掲載された私の官邸への提言を以下に記す。

昨年の国立病院調査によって、年間11件の呼吸器事故があり、7名の方が亡くなられ、2名
に重篤な脳障害が生じさせていことが明らかになりました(平成14年5月14日付け各紙発
表)。呼吸器事故は、そのほとんどが気管カニューレと呼吸管との接続の外れが原因で
す。これまでも毎年2,3件のこの種の事故が新聞報道されていました。しかしそれは氷
山の一角にすぎないと言われていましたが、国立病院調査によって、そのことの一端が明
らかになったわけです。その後もこの種の事故は起こりつづけており、先日は国立宮崎療
養所での二度目の事故が明らかになり、大分県内でも明らかになっていませんが死亡事故
が発生しております。わが大分県でのこの種の事故は、わかっているものだけでここ10年
の間に4件あり、いずれも死亡につながっておりますが、全く報道はされていません。全
国的にも報道されていない、さらに多くの事故が発生しているものと思われます。先ほど
出した11名というのは国立病院入院中の患者さんのみの集計であり、民間病院や在宅呼吸
管理の方も含めればさらに多くの方が事故で亡くなっているとみて間違いありません。大
分の数からラフな推定をすれば、年間50人もの呼吸管理を受けている患者さんが、呼吸器
事故によって亡くなっておられる可能性さえあります。気管切開によって長期にわたり呼
吸管理を受けている患者さんの数は、約3000人程度と言われております。そのほとんどが
神経筋疾患の患者さんであり、一般病室や在宅で療養されております。そのような患者さ
んにこの事故は発生し、毎年1%以上の方が事故で死亡している可能性さえあるのです。
これは極めて高い発生率といえます。厚労省は、人工呼吸器事故の対策として、呼吸心拍
監視モニターを併用することなど提言されておりますが、原資もなく、長期療養の呼吸管
理患者さん全てに常時モニターを行うことが事実上困難であるだけでなく、在宅呼吸管理
の患者ではそのような対策もうちようがないのが現実であります。この事故の原因ははっ
きりしています。それは気管カニューレと呼吸管の接続が、単にはめ込むだけで、ロック
機構がないことです。これまで呼吸管理という医療は、病院の集中治療室を中心に行われ
てきて、そこでは常時看護師や医師の目が届くところで人工呼吸器が扱われてきました。
そういう現場では、頻回に患者さんの痰を気管カニューレを通して吸引する必要があるた
め、呼吸管のマウント(先端部分)が気管カニューレから片手で簡単に外れるようになっ
ています。もし予想外の脱落が生じても、呼吸器や各種モニターがアラームを鳴らすの
で、常時監視下においては問題になりませんでした。ところが、ALS(筋萎縮性側索硬
化症)などの神経筋疾患への呼吸管理が一般化するようになり、人工呼吸器が集中治療室
から看護師の目の届かない病室へ、あるいは在宅においても使われるようになって、この
操作しやすいマウントが、外れやすい危険な存在に変わってしまったのです。集中治療室
での器具が、一般病室や在宅で用いること自体がどだい無理なのです。当院では現在約20
名の呼吸管理を要する神経難病患者の管理を行っておりますが、幸いこのことによる事故
を発生させてはおりません。しかし事故寸前となった経験は何度かあります。呼吸管の外
れは、決して稀な事象ではないのです。在宅での患者さんも、この接続の外れが最も恐怖
であると言われています。この恐怖が、介護にあたる家族を全くベッドから離させない原
因ともなっていると在宅呼吸管理を受けている多くの患者さんのご家族から言われていま
す。私は、これまで何度か気管カニューレを製造している国内メーカーに対し、接続部に
ロックをつけるよう要請してきましたが、マウントも同時に作っているメーカーがないこ
とや、現在のコネクタに規格があることを理由に、接続部にロックをつけることに同意し
てくれたメーカーは残念ながらありません。しかし、現実は先に述べましたように大変深
刻な状態にあります。是非、政府、厚労省が指導力を発揮していただいて、この気管カ
ニューレと呼吸管の接続部にロックを設けるように改善していただきたいと思うのです。
最近では、水道のホースにさえロックがつくようになっています。ただでさえ苦痛多い闘
病をされている神経難病の患者さんたちが、少しでも安心して療養できるようになるよ
う、是非この呼吸器の外れが生じないような接続システムが実現していただけるよう願っ
てやみません。