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2004年8月9日 呼吸器事故の対策とは

8月6、7日と、大宮で行われた日本呼吸管理学会第14回学術集会に参加してきた。ひとつは自動吸引装置の開発についての研究報告をするためで、そちらは学会優秀賞をいただき、それなりの目的は達したと思っているのだが、一つ大きな違和感を持って帰ることになってしまった。

それは、人工呼吸器の安全問題に対する意識の差の問題である。今回の学会で、二つのシンポジウムがその問題にあてられていた。とくにメインのシンポジウムは、わが国在宅人工呼吸管理の祖というべき元羽曳野療養所の木村先生が座長を務められるということもあって大いに期待もした。しかし、その議論がおかしいのだ。

議論のベースは、いつもながらの日米比較である。アメリカの呼吸療法師は、わが国のような数時間の講義と通り一遍のテストで通って資格がもらえることに対し、それなりの大学を卒業しないと資格がもらえないらしい。ではそのように厳しく修練されたものしか扱えないように資格を厳しくすべきだ、という議論はまだいい。私が非常に問題に思ったのは、アメリカでは人工呼吸器は、ICUCCUすなわち集中治療室でしか使われていないという現状に対し、わが国では、むしろ一般病棟や在宅にまで使われていることについての理解である。アメリカのように、一般病棟では使わせないようにすべきではないか、という提案が、救急医学出身のもう一人の座長からなされた。そしてそのことについての議論も全く深まらないまま、会場の質疑応答もなされないまま、強引にそういう問題点があるというまとめ方がなされた。

私はこれを問題点のすり替えと考える。ある意味、同じようなことを私も主張してきた。ICUで用いられてきた人工呼吸器の器材と同じものが、一般病棟で用いられることが危険なのだと言ってきた。それは、一般病棟で管理されている人工呼吸器患者を全員プライバシーも何もない監視ユニットに戻せということを言いたかったのでは断じてない。ICUでは、迅速な痰の吸引のため、気管カニューレとマウントがワンタッチで外れることはメリットがある。そしてそれが自然脱落しても、多くの監視の目があるいは耳があるICUでは事故に繋がらない。しかしそこには療養者のメンタルへの配慮などということは考えられないのだ。その多くが意識障害の患者であるICUの特性からすれば、そのことはさほど問題にならない。むしろ刻々と変化する重症急性期患者の病状、病態をすばやくおさえ、迅速な対応を求められるのがICU本来の目的であり、逆にそのような対応が不要になった場合にはすぐさま一般病棟に移すというのが患者のメンタル面に対する配慮となるのだ。

それをこの学会はまた逆行させようというのだろうか。現在在宅で気管切開のうえ人工呼吸を行っている患者の大半はALSである。そして次には脊髄小脳変性症や筋ジストロフィーなど、多くの神経、筋難病が続いている。それらの方々は、人工呼吸器になったからといってICUに閉じ込められることをよしとせず、一般病棟に移り、そして自ら在宅を勝ち取ってきた方々とも言えるのである。そして不幸なことに、こういう方々が一般病棟に移ったとき、事故が頻発しているのである。それはなぜか。

在宅での事故はほとんど報道されていない。それは在宅で事故が起こっていないわけではなく、トラブルが起こるが事故に繋がっていないということも原因の一つだと思う。つまり、在宅ではICUと同じく、1対1看護みたいなものだからだ。それも身内の密なる看護である。はずれトラブルは、全国で何万回も起こっているが、それが事故にならずにすんでいるのだ。ある患者家族は、マウントの外れは、月一回くらい誰でも経験している、と発言されている。そしてその頻度は病棟においても同じである。おそらく病棟においても何万回となく外れトラブルは生じているのだ。そしてその99%は事故に到らずに看護力で確保されているのだ。しかし、どうしても最後の1%の拾いもれが発生してしまう。常に病室内で見守っている状況とならない一般病棟のなかで、そのことは必然的である。それを学会の幹部の方は、ICUに移せという。違うだろう。ICUと同じ器材を一般病棟で用いることが問題なのだ。簡単に言えば、最も事故が起こる気管カニューレのスリップジョイントとマウントにロックをつけよ、ということだ。これだけで、全国の事故の大半が防がれる。この間、自動吸引装置の研究を行うことから、いくつかの気管カニューレメーカーと知己を得ることができた。そこでは彼らもロックをつけるべく設計をしたり、試作をしたりしている現状があるのを知った。しかし、先陣を切れない事情がある。国際規格によるしばりと、特殊なものを作成したときのリスクの問題である。このことは以前に触れた。しかし、あと一押しすれば、それらは世に出るというところまできている。ICUでしか管理していないアメリカから、そのような一般病棟や在宅用の規格が出てくるはずがない。むしろ、ある意味特殊な道を歩んでいるわが国こそ、そのような規格を出すべき責任があるのではないか。

日本ALS協会も、この問題に対し、呼吸器事故検討委員会をつくり、提言をまとめていく方向が出された。不肖私もそのメンバーに選出された。上記の観点をもって、その提言がより実効性のあるものにすべく参加したいと思っている。最初の委員会は8月末に行われる予定である。