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2007年1月30日 難病医療が崩壊する 

今年度の難病関連研究班会議は、中島班が一月前の12月に開催されていましたので、糸山班、今井班が日程的に重なりました。まだ正月明けで仕事をためていない時期でもありましたので、私は8日の今井班から10日の私たちの発表も行われた糸山班まで参加することができました。ひとつ思うのですが、この厚労省研究班会議の実態が、我々のような一般の医療職の方々に十分に認識されていないのではないかなということです。私も昨年糸山班で、自動吸引装置開発が独自プロジェクトとなって発表の場をいただけるまで、うわさには聞いても遠い遠い存在でした。偉い先生方が、厚労省内のシックな会議室でラウンドテーブルディスカッションする場なんだろうというイメージでした。出てみて驚きました。これはほとんど学会です。多くの熱心な参加者のもとで、発表と討議が時間を忘れて繰り広げられる、そういうものだったからです。難病医療をしているのなら、これだけは出ておきたい、そういう質の会議でした。難病医療にたずさわり、この会議をご存知ない方は、来年以降是非ご参加をお勧めします。もよりの難病相談員に連絡をとるか、ネットで調べるかとかして、是非参加されたらよいと思います。とくに神経内科以外の診療科の先生方はあまりご存知ないと思うので、是非お勧めします。

さて、私たちの自動吸引装置の開発状況については、これまで順風満帆に進めてきた私たちにとって、実に大変苦しい一年でした。しかしその苦しみのお蔭で、徹底的に安全性についてこだわることができました。そしてなんとか量産と安全性という二つのえてして背反する二項を両立させる技術の開発を完成させることができました。ただ、そのことの詳細はまだネットに出せるものでは残念ながらないので、今回公開できません。もっとも研究班に出られた方は、その詳細の報告を聞かれたわけですから、別に秘密にしておこうというものでもありませんので、そのうちにきちんとした形で公開したいと思っています。ただ私の趣味で研究をしているわけではないので、ちょっと周りに配慮がいるかな、というレベルの問題だけです。

今回書きたいことは、このままでは難病医療は崩壊する、という危機的状況についてです。それも単に狼が来るぞとか、大地震が来るぞというようなものではなく、本当に座視していたら来年で難病医療が崩壊するということなのです。もっと具体的にいうと、難病医療を取り組んでいた施設が難病を受け入れることが不可能になり、倒産や廃業を含め崩壊し、難病患者はどこにも行く場がなくなるということなのです。二つの面から悲劇的な崩壊の準備が進められています。ひとつは、これまで高い志を持って取り組んでくれてきたごく少数の身体障害者施設が、呼吸器管理の難病患者を受け入れることが不可能になるということです。制度の変更で、5年後を期限にこれらの施設では難病患者を入所できなくなります。ALS専用居室を設けるというこれまでの方針の撤廃です。実際はそのほとんどが倉庫に転用されていたALS居室ではありますが、志あるところはしていたのです。それをほとんどが出来てないからと、数少ない入所を廃絶させてしまうということです。

もうひとつが、特定疾患療養病床の廃止です。これこそがALSの長期入院を支えてきた根拠なのですが、昨年これを廃止するという方針が医療法改正という名のもとで決められてしまいました。ほんとうにこんな激しいことをしてよいのかと、識者がいくら懸念を表明しても、おかまいなしに強引に方針が決められたのです。これまで病院での長期入院となると、療養型病床というのが普通でした。これは、一般病床が長期入院をさせると、病院あたりの平均在院日数が延びて、極端に低い入院看護料しか請求できなくなり、病院の経営が破綻するため、平均在院日数のしばりからはなれる療養型病床において長期入院はなされていました。しかし、人工呼吸器などの医療度の高い患者では、とてもその低い費用ではまかなうことが不可能で、そういう患者は、特殊疾患療養病棟あるいは特殊疾患療養病床に収容されていたのです。その請求費用が比較的高いことから、最近それらの病床が増える傾向にあり、地域での難病の長期入院が緩和されていたという矢先に、これを2年後廃止するという無茶苦茶な決定が昨年なされてしまいました。これまでの厚労省の大方針を見ると、@一般病床数が多すぎる、A在院日数でしばりをする、B長期入院は療養型に誘導する、C療養型が財政破綻するような低い金額にする、ということで、長期療養施設を意識的に崩壊させるというものでした。医療は一般競争社会のように質をお金で交換できません。請求が決まっているからです。もちろんベッドを埋めることができないような低レベルの施設の退場は当然としても、満床にしていても財政破綻が避けられないというのは、政府による廃止命令と同じです。たとえば健康保険における一点あたり10円の設定を、5円にしたら、たちどころに全国の病院、診療所は総倒産です。つまり、医療機関の生殺与奪権は完全にときの政府に握られているといってもよいのです。今回政府は、長期入院をなくすために、長期入院施設に狙いを定め、それを根絶やしにするという方法を用いようとしています。施設に転換すればよいではないかと、医療以外の識者は無責任な発言をしています。実態は転換ではなく、スクラップアンドビルドでしか成立しないことを無視しての発言です。ではスクラップアンドビルドでいいではないか、という意見に対しては、この難病医療の部分がどうしても施設対応では不可能だから危険なのだと説明せざるをえません。現行でも、障害者施設などは、医療行為の多さや複雑さから、人工呼吸器管理の難病患者をほとんど入所させていません。看護師が夜間配置されてないとか、医療職以外の職員の医療行為の問題があるとかの理由がつけられていますが、実のところは通常の数倍も手のかかるこれら患者を入れたくないというのが施設側の本音でしょう。したがってこれら患者のケアについては、全く経験もなく、今後も積まれることはないわけです。病院で長期療養が出来なければ施設に入れたらよい、ということをお考えの方にお聞きしますが、では、そのような現状で、どこの施設が受け入れるというのでしょうか。国が施設あたり何人という命令でもしないかぎり絶対に受け入れる施設は出てこないでしょう。とくに、ALSベッドまで廃止した現状では以前に増してこの受け入れは困難ということになります。病院においておいたらその病院が大赤字になるが施設移行も出来ない。かといって突然在宅ができる環境があるのかといえば、かなり苦しい状況です。

大分市は全国一在宅人工呼吸率の高い都市です。気切人工呼吸になったALS患者のほぼ7割が在宅をしているという、突出して在宅率の高い所です。それでも3割の方はどうしても長期療養が必要になります。そして在宅を続けていると、どうしても在宅破綻が発生してきます。そういう患者の受け入れ先として、難病長期療養病床は絶対に必要なのです。在宅破綻したときにセーフティネットがないと、怖くて在宅の開始などできなくなります。また、在宅を継続しても、レスパイト入院は絶対に必要です。レスパイト入院をせずに在宅だけで頑張ると、在宅破綻の率はさらに増えるでしょう。そしてこのレスパイト入院も、どこでもできるなどというものではありません。実際に、現場で苦労している難病相談員の方は、長期療養ベッドやレスパイト先の確保に日夜奮闘しつづけているのだといっても過言ではありません。国立療養所だけでなく、民間病院でもこれらの難病患者を、特殊疾患病床の認可をとり、受け入れるということが近年増えてきて、やっとこの病床確保が少し緩和されたかなという現状だったのです。それでも患者や家族の要求を満たすことは簡単ではありません。そういうシステムそのものが壊滅しようとしているのです。来年以降、一体どうやって難病患者を支えることが可能となるのか。先日の糸山班の研究班会議の席上で、北海道の国立療養所院長が、特殊疾患療養病棟廃止阻止を研究班として言明すべきだという発言がありました。まさに現在、難病医療は崩壊前の秒読みの時期に入ってしまったのです。厚労省の方々は胸が痛まないのでしょうか。