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2007年10月1日 NIV(NPPV)と気切の併用を

自動吸引装置にからんで看護協会の仕事をしていた去年までは結構な頻度で東京に出ていたのですが、そういうのも一段落した今年はもう半年以上大分でひっそり暮らしています。ちょっと久しぶりに東京の灯りでも見たいなと思っていたら、厚労省QOL班のALSにおける呼吸管理ガイドライン作成小委員会による意見交換会というのがありました。今回はNIV(非侵襲的人工換気)についての議論ということなので、この際最新の知見を仕入れておこうと思い立ちました。

 埼玉医大の小森先生、国療新潟病院の中島先生が座長をとられての議論でしたが、まずかなり驚いたことは、ALS患者では、何もしない患者と、NIVの患者では生存曲線に差がない、ということでした。これは私にとってかなり衝撃的なデータであり(おそらくこの疾患に関わる多くのDrにとってもそうでしょう)、その原因は何かとあれこれ想像することになります。主催者側からは、NIVをしていても基本的に呼吸不全で亡くなっているというお答えでしたが、実際は一例一例詳細に検討してみなければならないことではないかと思います。私たちのこれまでの経験では、肺活量が5%程度であってもNIVは可能と思っています。しかし、ALSの場合、球麻痺が起こると唾液の流れ込みなどが生じてしかもそれを喀出できず大変苦しい思いをすることになります。それらの対策として私たちはNIVをしていても気切を開けようと提唱してきました。確かにNIVだけで管理するというのは、私たちも大変難しい局面がでるなと思います。とくに気切をしないかわりにNIVをするというような対立概念でとらえると、NIVでの有効性はかなり限定的になるのではないかと思います。これまでの私たちの経験からみてNIVだけでは維持できなくなったケースを列挙してみると次のようになります。

@NIV4年目になり気管に痰がひっかかり苦しい、SpO2低下あり→ミニトラック緊急挿入→気切→気切換気でカフ抜きで会話→経口摂取を希望して食道分離術を受け、気切換気。会話喪失
A
NIV開始一年目に食物誤嚥で一時心肺停止→救命処置を受け、気切に同意→4年間気切とNIVの併用で維持→腹膜炎発症で入院中呼吸停止→気切換気に緊急移行→気切バイレベル換気としカフ抜き発声、現在に至る
B
NIV開始3年目に呼吸停止→気切後一時気切換気にするがNIV復帰を希望→2年後夜間開口と舌根沈下のため有効換気不能となる→複管式カニューレを用いて日中はNIV、夜間は気切換気とする→現在バイレベル換気で気切カフ抜き発声
C
NIV半年実施していたが球麻痺がひどくたびたび唾液誤嚥で呼吸困難→気切バイレベル換気に移行→入院中呼吸停止出現したため気切定量換気となり現在に至る
D自発呼吸で意識レベル低下し
NIV開始→一ヶ月間日中鼻マスク夜間顔マスク、で頑張るが呼吸困難解消しない→気切バイレベルに移行、呼吸困難解消。カフ抜きで発語可能現在に至る
E
NIVで自ら車を運転して外来通院していた→痰が出せずに呼吸困難出現するようになり気切定量換気に直接移行し現在に至る。球麻痺のため発語は不能であった
F半年間
NIV実施。球麻痺あり→鼻マスクではうまくいかず顔マスクになる→呼吸困難出現し気切バイレベル換気に移行し現在に至る。発語不能
G
NIV実施も呼吸困難あり→痰がからんでパニックになる→急激なSpO2低下、広範な沈下性無気肺形成し挿管→気切換気に移行→安定して在宅に戻るが呼吸回路外れで死亡された。

 以上の8例が私たちがALSNIVを実施した経験です。確かに60例やっていると豪語される某国立病院の先生のような豊富な経験ではありませんが、私や当院のスタッフにとっては一例一例大変重く、いろいろ工夫したり苦労した症例です。これらのあまり多くはない経験から、私たちはNIVと気切の併用(NIVをしても早めに気切だけは開ける)という方法をスタンダードとしました。気切バイレベル換気でカフ抜きをすれば、球麻痺が軽ければ発語可能です。しかし、自由にいつでも喋るというのはなかなか困難です。その点NIVであればいつでも会話可能となります。すなわち気切バイレベルでの発語よりQOLが高いということになるでしょう。そのNIVを維持するために、痰がたまれば気切から吸引し、夜間換気が不安定となれば夜間のみ気切換気を行うということなのです。確かに、お示しした症例のなかで、気切によってNIVを延長しえたとはっきり言えるのは例に過ぎませんし、現在ではNIVが継続できている症例はいなくなりました。残る5例は、気切をきっかけに気切換気とくに気切バイレベルへの移行となっています。しかしその3人にとっては、限定された期間とはいえ、NIVと気切の併用の意義は極めて大きかったのです。そしてもう一ついえることは、危険になったとき、速やかに気切換気に切り替えることが可能な、絶対的な安全性が気切にはあるということです。痰を吸引するだけであれば、ミニトラックの挿入でもある程度可能です。しかし、いざというときにミニトラックから呼吸管理を行うというのは、そういう報告もありますが、現実には困難です。私たちも気切がないために危機一髪という思いを何度も繰り返してきたわけです。繰り返しになりますが私たちにとってNIVは気切との対立概念ではありません。そのことを患者さんに理解してもらって、より長くNIVを維持するために気切を受け入れてもらいたいと思っているのです。そして、会のなかで小森先生も言われましたが、この時期の患者さんに一生懸命関わることで、医療者は患者さんとともに闘う同志のような関係になれるのだと思います。以前看護雑誌(訪問看護と介護 2006年3,4号)にも書きましたが、この時期の対応の仕方によって、患者さんに闘う気力と前向きの力を引き出せるのか、絶望を与えるのかの違いがあると考えます。

 去年、神戸で講演したときに、この医療の草分けの一人である高橋桂一先生(兵庫県神経難病医療ネットワーク支援協議会会長)から、NIVと気切の併用について、「バック先生の提唱されたNIVのその先はどうするんだろうと悩んできたが、今日解答を示してもらった気がする」という嬉しい言葉をいただきました。今回の東京での意見交換会では、座長の一人からレアケースだと一蹴され、議論が深まらなかったように感じたのは私のひがみでしょうか。私はNIVの限界を突破するために気切の併用は、もっと議論されてしかるべきではないかと思っています。それがNIVをしても生存曲線に差がでないという重い事実に対する作業仮説ともなるのではないかとも思うのです。明確な有効性は一部の症例(球麻痺がないか、非常に軽い)に限られるにしてもです。