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2007年12月11日 ALSはツバメではない

11月末から一週間カナダのトロントに出かけていました。ALS/NMD国際同盟会議とシンポジウムに出席するためです。私は、4年前よりフィラデルフィア、ダブリン、横浜と参加してきました。横浜では初めての英語口演というのも経験してみました。毎回多くの収穫のあるこの国際シンポジウム出席ですが、病院にとってはハラハラの一週間でもあるようで、今回も在宅患者3名が緊急入院するという事態が発生していました。いずれも私が病院に戻ることには回復されていましたが。

さて、わが国と欧米のALS観の最大の違いは、そのときがきたら苦しまずに早く死んでいただくか、生き続けていくことも出来るかです。そしてわが国は、生き続けていく勇気ある方々に対し、その環境整備のためにJALSAが先頭に立って政府に要求して実現してきた、ということなのです。それが1000人以上といわれるわが国の在宅人工呼吸(HMV)ケアに結びついているのです。この千人以上のHMVを多いとみるか、まだまだ少ないとみるかは、それぞれの国のALS観が反映するのは当然です。

欧米の批判としては、わが国には呼吸器を止める権利が患者にない。したがってもうやめて欲しいという思いが患者に出た場合、その意志を無視した医療、介護がなされることになる。それは医療や介護にとって耐えられるものではないという考えを持つようです。それに対しわが国は、欧米は実のところ患者が望んでも人工呼吸器をつけられる環境が出来ていないからそういう患者がいないに過ぎないのではないかという批判を持っています。今回の会議においても、ヨーロッパの方から、ALSの福祉拡充を政府に訴えても、ALSは、春来たら秋にはいなくなるツバメのような存在だから福祉といってもねえという反応だったという話が出ました。わが国で曲がりなりにもALSHMVが出来ているのは、多くのALS患者が、人工呼吸を選択し、かつ在宅を目指してきたからに他なりません。患者がいるから、行政も動き、福祉も充実するのです。人工呼吸患者がいない国では、そのような福祉が発動するわけもありません。

 生きることが出来る患者に、生きる選択肢を与えていない連中が、生きることを確立した国に対し、死ねないのは自由がないというのは、言いがかりも甚だしいと言わねばなりません。もしそれを批判したいのであれば、自国もわが国のように、生きることが出来る環境を整備してから言えと言いたいものです。今回のシンポジウムでは、米国のパメラ女史から、100例以上のTMV(気切人工呼吸)の追跡調査が報告されました。米国でも実はこんなに多くの数がある地域でやられているのだとういのが驚きであったとともに、どういう階層の人がこの医療を受けているのか、どのようなサポートシステムが運営されているのかなど多くの知りたいことがありました。ドイツもイタリアも日本ほどではないが10%内外のTMV移行率があると言われていますし、北欧なども主に施設介護にしてもTMVという選択枝があります。ほとんどゼロといわれる英国のALSTMV移行率の方が、国際標準から隔たっているのです。国際同盟事務局は英国におかれ、英連邦諸国の活動家が運営を握っています。なぜかドイツやフランスはほとんどこの会議に参加していません。そして国際同盟の活動家たちは、ある意味ALSと密な関係を持っているともいえません。JALSAは、患者、家族、遺族が中心の組織です。しかるに同盟事務局にはそのようなニュアンスはありません。ある意味、ALS運動をダシに食っている連中です。物凄く高額な参加料をとるシンポジウムを運営し、政府から補助金を取って運営している運営のプロたちと言っても過言ではありません。もとより血も涙もないのです。

 この秋より、JALSAは、韓国、台湾のALS協会との交流が進んできたということです。もちろん両国ともALSの環境はまだまだ日本にようにはなっていません。しかし、あからさまにTMVを否定するというような事務局サイドの意識ではありません。「ALSは病気ではなく、重度の障害にすぎない」これは、JALSA大分県支部初代会長の本田昌義氏が喝破した事実です。治療法が確立すれば確かにALSは病気といえますが、現状では障害です。障害者が家で暮らすことは自然であるし、生きていくことは権利など主張せずとも当然のことと受け止められてしかるべきです。

来年以降も、この当然の権利を守るべく、そしてそれを支えるための質を有する医療を提供するためにも、たとえ蟷螂の斧といえども頑張っていきたいと考えています。当職は、この仕事を天職と考えております。まもなく2007年も終わります。私たちにとって実に禍々しい年でありましたが、来年はもっとよい年にならんことを。皆様もよいお年をお迎えください。