山本の主張

2010年4月30日 エアトラックを医療現場の常備器具に

気管内挿管という手技は、医学生からドクターに上がるときの第一関門である。これをスムーズに、間違いなく行うことができるという自信をもつかどうかで、その後の研修生活がずいぶん違う。たかが挿管、されど挿管なのである。

私がこれまで30年間使ってきたのは、いわゆるマッキントッシュという喉頭鏡である。これで舌を押し上げ、喉頭を直視し、横から気管チューブを声門を越して気管内に入れる。しっかり開口できる患者であれば、そんなに難しい手技ではない。しかし、うまく口が開かない、舌が落ちてくる、喉頭は見えるが、チューブを入れるとチューブの影になって直視できないなど、実際にはさまざまなハプニングが生じるので、結構緊張する手技である。とくにこれをやる場合というのは、医療現場の場合、一刻を争う事態であるため、するっといかない場合は、相当焦る。入っても間違いなく入っているかどうかが問題で、食道挿管でも結構「呼吸音」らしき音がしてしまうので油断がならない。最近は必ずカプノメータで炭酸ガスが出ていることを確認するようにしている。

以前、救急隊の救急救命士がこの挿管をやるかどうかということが議論になったが、揺れる車内でこれをやるというのは相当に大変だと思った。以前のコラムに書いたが、誤挿管で悩まねばならない隊員が出るのは必然と感じたものである。実際秋田の救急隊はこれを実施しているようで、最近の報道を見ると、やはり誤挿管の問題は生じているようであった。

ALSのような難病の場合は、筋力が落ちているから開口させやすく、挿管は容易だろうと思われる方は多いと思う。ところがそうではないのだ。顎関節が拘縮していざという場合になかなか口が開かないということが逆に多いのだ。なんとかマッキントッシュのブレードを挿入するのが精一杯で、狭い隙間から喉頭が見えるが、チューブを口の中に入れるとチューブが邪魔になって直視できなくなる、などということになりがちだ。先日もそういうことがあり、気管支鏡による挿管をせねばならないかという事態となった。そこで調べてみた。

この分野では、ペンタックスがCCDを用いた喉頭鏡を出していることは知っていて、名前をエアウエイスコープという。ただし70万くらいする。それでもいざというときのために購入しようかと思っていてネットで検索していたら、エアトラックとうい製品が輸入されていることを知った。文献を調べてみると2年前くらいから輸入されているようだ。輸入元の泉工医科のサイトを見ても何も出されていなかったが、実際に使われた麻酔医の感想が出ているページは見つけた。早速業者に連絡して、デモ品を持ってきてもらった。挿管用モデルも持ってきてくれたのでこれまでの喉頭鏡と比較してみたが、問題にならないくらいエアトラックが確実、迅速である。値段もディスポとはいえわずか一本12000円である。いざというときのためにこれくらい心強い器具もないだろう。ちなみに、これまで挿管などしたことのない外来ナースたちに、簡単にやり方を教えてさせてみたら、すぐにモデルで挿管出来るようになった。とにかくエアトラックのブレードが口の中に入りさえすればよい。舌が落ちてこようが関係ない。それで奥に入れれば当然喉頭はしっかり見えるのだ。見えるところに入れるのはそうでないときより断然簡単である。喉頭鏡を使って確実に入れるという技術は、麻酔医にとっては絶対的なものかもしれないが、たまに実施せねばならない程度の頻度である私たち内科医にとっては、技術の維持は難しい。しかし、エアトラックさえあれば不安は一掃される。当院に当直に来てくれるドクターに何人かこれを見せたが、誰一人知っている方はいなかった。いいものを教えてくれたと皆さんから相当感謝されたものである。

なぜ我々内科医に知られていないのだろうか。どうも輸入元が麻酔関連の学会にしか展示していようなのだ。これは麻酔関連よりもむしろ呼吸器内科や一般内科関連にこそ展示すべきだと、持って来てくれた泉工の若い営業スタッフに伝えておいた。

そういえばTVドラマで有名なERで、このデバイスが出たためしがない。ERでの緊張感を表現するのに、挿管が難しいという状況がよいのかもしれない。あそこでエアトラックが登場していたら、もっと早く多くの我々内科医がこれを知ったと思うので残念である。

とにかくこれは最強のデバイスである。しかも安い。現場のドクターは、絶対手元におくべきだ。