2013年8月8日 東九州メディカルバレーの不思議

この春、某看護大の先生から、東九州メディカルバレーで在宅用人工呼吸器開発の公募がありますよとお話を受けた。国からの補助金が年7000万で3年間受けれるらしい。なんでも国の方がいろいろ課題を作って、そのうちの一つを大分県のメディカルバレーでやろうというのだ。看護大の学長から私(山本)あたりと組んで応募してみたらどうかと勧められたのだという。

これを聞いたとき、いまどき在宅用人工呼吸器の開発ってなに?ととても不思議な気持ちがした。在宅人工呼吸管理は、もう20年近く携わっているが、昨今の在宅用人工呼吸器の充実振りは本当に素晴らしいものがあるからだ。私たちがこの医療を始めた1990年ころは、在宅用人工呼吸器といえばイクイトロンメディカルのLP6であった。そして私たちが在宅医療を始める前に大分県の県北で在宅を始めた先駆者は、ピューリタン・ベネットの従量式人工呼吸器であるMA1を自ら購入して始められた。人工呼吸器が在宅でレンタルできるようになるのは在宅人工呼吸管理料がそれなりの料金となった1994年ころからなのである。それまでは在宅を希望するのなら自分で人工呼吸器を購入するしかなかったと聞く。MA1は当時従量式ICU用人工呼吸器として標準機であったものだ。しかし在宅で使うには、圧縮エアも必要なく、家庭用AC電源で動かせることが必須条件である。となると当時IMIがレンタルで供給していたLP6が唯一無二といってよい存在だったのだ。だが、今評価しなおしてみても、この機種は優れていたと思う。まずなんと言っても鬼の漸減波である。まるでPCVのようなきれいな漸減波がこの機種の最大の特徴であった。従って、呼吸状態の悪い患者に、最大限の換気量を送ることができたのである。欠点としては駆動音がやや大きいことと、重いこと、内蔵バッテリー駆動時間の短さであろう。停電になったら15分くらいしか持たない。私たちも長くこれを使っていたが、やがて一台、また一台とメインボードトラブルが発生して消えていった。今でも何台かは現存しているが、メンテナンスも受けられなくなってもはや存続は風前の灯火である。

2000年ころからは、NIVが在宅に入ってきた。この分野の嚆矢ともいえるレスピロニクスのバイパップSTは、呼吸器疾患領域での評判は芳しくなかったが、初期のALS患者にはとてもよい適合を見せた。この機種はその後の機種よりEPAPが低く設定できて(1.5hPa程度)、この面からも呼吸筋力が低下するタイプの患者には適合がよかったのだ。であるがレスピロはこの後継機種のバイパップハーモニーなどからはEPAP最低4上げてしまった。ここで出てきたのが帝人で、ニップネーザルシリーズをこの分野に投入し、こちらは低いEPAP(最低2)で、行き場を失ったALS患者のNIV機種として有用となった。

ALSはしかし進行して、気切とせざるを得ない時期がくる。しかしその移行段階で、日中はNIV、夜間は気切バイレベルとするような管理が、患者のQOLと安全性にとってきわめて有用だと私たちが提案したのであるが、そのことを知った帝人が気切バイレベルとしてのニップネーザルの使用を禁止してしまった。困った私たちに救世主のように現れたのがやはりIMIがディーラーとなったレジェンド・エアなのである。人工呼吸器でもあり、NIV機器でもある。NIV機器にはこれまでバッテリーは搭載されてなかったが、この機種は5時間ももつバッテリーが搭載されていた。しかも実に静かであった。バイパップ・ハーモニーのときは工場街の中と言われた患者が、これに変えて、まるで森のなかの別荘のようだと感激してくれた。従量式換気も従圧式換気も可能。従圧式換気はPSVもPCVも選択可能。しかもNIVまで行える。ICU用人工呼吸器との違いは正確な酸素濃度が示せない程度(もちろん酸素のブレンドは可能)であった。在宅用人工呼吸器もついにここまで進歩したのかと感嘆したものだ。

とまあ前ふりが長くなってしまったが、このたびの東九州メディカルバレーでの在宅人工呼吸器の開発とは、現状認識として、日経新聞(8月8日版)によれば「表記が英語でわかりにくい」、「稼動音や振動がうるさい」「大型で重い」のでそれを改良しようと言うのだ。また在宅用人工呼吸器というものの、患者の自発呼吸がある補助型を開発しようというらしい。大分市のSTKという会社と、大分大学、鳥取大学が協力するのだという。

ちょっと待ってほしい。稼動音や振動がうるさく、大型で重い在宅用人工呼吸器って今時どこにあるのだ。すでにそのような機種はとっくの昔に消滅している。今あるのは、稼動音が静かで小型、しかも高機能かつディスプレーも日本語というものが在宅用人工呼吸器の標準である。協力するという大分大学というのは何処のセクションなのであろうか。大分大学が在宅人工呼吸に関与したなどとはこれまで聞いたことがない*1)。では鳥取大学はしているのか?もし本当に在宅人工呼吸管理をしている部署であれば、先のような問題意識での新規開発など全くの無意味であることは常識中の常識、いろはのいであるはずだ。しかも補助型とはなんだ。自発呼吸がある患者限定というのは信頼性がなくてもいいとたかをくくっているのか。バッテリーなどもいらない、アラームもなくていいなどといういい加減なものを作ってよいというのなら完全に時代に逆行している。まじめに在宅人工呼吸を考えているのか疑わしいとさえ思う。

これはなにかおかしい。アベノミクスとかに悪乗りして、経済産業省あたりが札束振り回して意味のないプロジェクトを立ち上げようとしているのではないかとさえ疑念を持つ。毎年7000万かの補助を何年か受け、試作品みたいなものを出すだけでお茶をにごして終わる、まさかそんな出来レースじゃないでしょうね。今回応募したSTKという会社も、同じ大分で在宅人工呼吸を最も多く、かつ古くからしている私たちの意見も一回くらい聞いてみたらどうかと思ったりする。

この企画はなにかおかしい。このようなとっくに克服された課題に、年7000万それも3年間投入する意味があるのだろうか。この公募のことを最初に聞いたとき、これはよほど何も知らない素人の発想のうえ、実はすでに決定済みの企画があって、それをカモフラージュするための公募ではないかと思った。であるからもちろん公募などには応じず、看護大の先生にも丁重にお断り申し上げたが、やはりこの補助金をとる「企画」は存在していたのだ。7000万に目がくらんでほいほい応募などしていたらとんでもないおバカさんであったところだ。「公募」されたSTKさんと大分大学の関係者の皆さん、しっかり見ている者がここにもいることを自覚して、本気で開発してくださいよ。少なくとも現状の在宅人工呼吸装置を上回るものを作らない限り公金を使う意味などないことのご自覚だけはお持ちください。

*1)失礼しました。考えてみたら大分大学医学部小児科は、率先して小児在宅人工呼吸をされていました。ただ同科は今回のプロジェクトにはからんでおられないという情報は得ております。8/9追記