2018年5月13日 看護師による気管カニューレ再挿入について 大分協和病院 院長 山本真 広く一般医師に購読されている、日本医事新報という雑誌がある。これの5月5日版で、上記のような表題のQ&Aがあった(No4906 p60-61)。回答者は日本大学病院看護部長木澤晃代となっている。最近厚生労相から出された例の通達(平成30年3月16日付、医政看発0316第2号)のことかと思ったら、違った。その前の話である。もっともこの文章が書かれた時点の問題があるので、一概に不勉強と断じてはならないが、そうであっても問題が多い回答であった。 このQ&Aの質問はこうだ。「病院入院中の患者においてカニューレが逸脱し・・・医師の到着が待てない場合の看護師による再挿入の可否をお教え下さい」というものである。すなわち緊急性を要し、すぐに再挿入しなければ患者の安全が保てないというような切羽詰まった状況においての話である。この回答において、木澤女史はこう言われる。気管カニューレ再挿入のリスクを並べて、「直ちに医師に連絡すべきです」。 まあ、それはそうでしょう。問題は直ちに医師が到着できないような状況のことを尋ねられているわけであるから、そこはどうか。気管カニューレの交換は、2015年に看護師の特定行為に位置づけられており、医師の手順書により、気管カニューレの交換を実施する、としている。この回答者の方、文章の理解力がおありなのでしょうか。看護師の特定行為というものは、特定行為研修を受けた看護師が、医師の業務を一部代行するために設定されたものである。特定行為としてのカニューレの交換は、通常のインターバルでのカニューレの交換を指すことは自明であろう。通常気管カニューレは、2〜4週間ごとに必ず交換しなければならないのだ。特定行為で語られるカニューレ交換は、緊急時でのカニューレ再挿入の話などではない。この回答者は、通常業務と緊急時の対応を混同するほど理解力をお持ちでないのかと驚いた。そしてこの問題は既に決着がついている。 先述したが、厚生労働省より一通の通達が出された。そこに書いてあったのは、わずかに一行。「貴見のとおり。また、気管カニューレの再挿入を実施した場合は、可及的速やかに医師に報告うること」 である。 さて、貴見とは何か。これは、日本小児科学会からの要望書を指す。あらゆる場所において、小児の気管カニューレが事故抜去を起こした場合、ただちに再挿入しなければ児の生命がおびやかされるが、特定行為施行以後、これを受けていない看護師が再挿入をしてはならないという誤解が広がっている。そんなことはないですね、という問い合わせである。貴見のとおりであるから、そんなことはないですね、そうです、してよろしい、という意味である。行政文書とは変わっているなと思うが、とにかく特定行為研修の有無に関らず、看護師は事故抜去した気管カニューレを入れてよい、ということだ。これは明確に通常業務と緊急事態の区別がついて判断されている。当然だ、と思う。だってしなければ死ぬんですよ、患者が。 在宅人工呼吸を実施していると、稀にであるがこの事態が発生する。私の診ている患者でもこれまで延べ数回この事故が発生した。そのこともあって関係者には気管切開人形を用いて、在宅開始時と以後半年に1回指導、訓練を行っている。なかには在宅二日目にこれが起こった患者がいて、介護者から、先生に前日に習っておいてよかったと感謝されたことがある。しかし何度も訓練しているにもかかわらず、いざ突発的にこれが起こるとどうしたらいいのかとパニックになってしまう方もおられる。カニューレが抜けたときは、カフが膨らんでいるので、そのままでは再挿入できないからだ。在宅人工呼吸管理という仕事は、その場にいる者全員が、躊躇無く間違いなく再挿入できるという自信をつけてもらう必要があるのだ。カニューレの再挿入について、先の木澤女史もいろいろリスクが上げられているが、これは気管切開直後のことである。在宅に入るような安定した状態ではすでに永久気管孔となっているので、誤挿入の危険もないし、多少出血してもそれがどうした、それより命を、脳を助けることが先決だろうということである。そういうことが今回の厚労省通達で明示されたのは、とりあえずよかったと思う。 |