Dr Makotyの近況報告2022年

12/28 下の日記を今年最後の日記にするつもりでしたが、聞き捨てならないお話を聞きましたのでもう一つ追加です。本日のニュースで、新型コロナは心血管リスクを10〜20倍増やすがオミクロンでは差がないという説明に、ワクチンなど複合的な要因のためだと名古屋工業大の先生が語られていました。なぜ工業大なのかは仔細存知ませんが、また本質を外した議論を疫学者の方が語られているなあという感想です。昨年9月に小生はコロナの感染急拡大と急減速はウイルス自体の耐性の問題だと提起しました。これに対し自称疫学者の方々から、山中教授のファクターXみたいなもので、環境要因で説明できると反論されました。この方々未だに自分の意見を覚えておいででしょうかね。新しい株が生まれると、当初猛烈に感染者が増えるが、ウイルスは短期でその感染性を失うが、新たな株の発生によってリセットされるというのが私の説でした。ウイルスは不変で環境要因で動くという考えは、わが国の疫学者の共通思考だと思います。オミクロンで心血管リスクが下がったというのは、オミクロン株がそれまでの強毒株と明らかに違うということが本質でしょう。その本質を語らずさまざまな要因とやはり今回も語られるわけです。最近5類への変更が語られており、以前から(強毒株のころから)5類への変更を大声で語られていた人もいましたが、強毒性が低下したから5類への低下が考えられるのであって、貴方たちが正しかったわけでは決してないことをご理解ください。
12/27 ついに今年もあと数日。先日の土曜日は今年最後のポイントレースであるクリスマスレースが別府湾で行われました。思えばこのレース、僕が別府のレース委員長として始めたレースです。いつから始めたのかな。あとで閉鎖したヨットのページを検索してみます。ふつうはまだまだ暖かいこのレース、今年は真冬です。山は白く風は切れるような冷たさ。福岡県から参加してくれるクルーは地道の雪道を長時間かかって来てくれました。今回は大分の若手二人も参加し、フルメンバーでの出艇です。しかし風は強く、去年のようにセールを破るわけにはいかず、メインはダクロン(白い布のセール)のままでヘッドセールはケブラーのNo3(小さめのセールです)。それでも強風にあおられブローチングしまくりでした。小型の3胴艇(トリマラン)がブローチングも起こさずどんどん先に進むのについていけず、結局かなり離されて無念の2着。あとは厳しすぎるハンディのためまたもブービーに落とされました。ま、でも最終戦にライバルのレース艇に勝てたのだからよしとしましょう。さて、ここ数日のTVで目が丸くなってしまったことが二つありました。両方ともNHKですが、一つ目はコズミックフロントの猿橋勝子さんの回。女性研究者の先駆けのお方ですが、最初受けた東京女子医大の面接で、女子医創始者である吉岡弥生さんの描き方がすごかった。俗物、傲慢丸出し。猿橋女史をして「こんな先生が校長をしている学校になんか行きたくありません」ですから。女子医関係者は腰を抜かしたのではないでしょうか。もう一件が日曜のドック。手術シーンが出てくるのですが、なんと蛇管を直接口のなかにぶちこんで人工呼吸させている。最初見間違いかと思いましたが、何度もそのシーンが出てくるので間違いありません。イタリアではこんなことになっているのか、そんなばかなと自問自答しました。自分が遅れてるんだろうかと少し不安にかられましたがまさかね。皆様、よいお年をお迎えください。
12/21 このページも含め、小生のhomepageの閲覧が不能になっていました。レンタルサーバへの課金を忘れていたためです。連絡があったはずなのですが、登録した連絡先が廃止されたサーバのメアドのままだったので気づきませんでした。手動でフィーを払い、昨日めでたく?復旧いたしました。ご心配された方にはお詫び申し上げます。
さて、連日大寒波襲来です。普通なら1月過ぎにあるような寒波が12月にやってきました。ひょっとすると春の訪れも1ヶ月早いかも知れませんね。そして、連日コロナ感染数が高止まりです。今日も2000超え。さあ、これは何だとお尋ねでしょうか。はい、お答えしたいと思います。これはオミクロンの新株並列による感染拡大です。オミクロンがBA1からBA2に亜型移行したのが2月で、これが第6波で、さらにBA5に移行したのが7月、これが第7波。そして現在は様々な亜種がいっぺんに蔓延していて、これが第8波の正体です。なぜこうなった?それは開国のためです。世界中でのいろんな場所で亜種に変異したウイルスが、入国制限廃止でいっぺんに入ってきたというわけです。もうこうなってしまうと出口は、全員がかかって基礎免疫を作り、コロナを普通の風邪にするしかない、という状況ではないでしょうか。幸い今のコロナ、オミクロンはほとんど重症化しませんから、ある意味そのチャンスでもあります。ほとんど何の対策もとれず、死者を膨大に出したアメリカやインドは、現在感染の波はありません。極めて低い数値で推移しているのです。逆に対策を打って死者を減らした国々が未だに感染の波にさらされています。やはりどこかで感染を蔓延させねば落ち着かないことを示しているのではないでしょうか。強毒性の時期を乗り越えた今がその時期ではないかと思うのです。
11/9 前回優勝した別府湾ポイントレースで、ハンディが2%引き上げられての11月レース参加です。晴天のもと7艇参加と前回の4艇より大幅アップ。これは頑張らねばと、セールを普段用の白布からケブラーに交換し気合入れます。クルーは二人ですが、一人は新人、もう一人は始めてのヨット乗船です。コースは日出往復。本当は日出、西大分と回るロングコースでしたが、上マークタイムアウトのためソーセージコースに。往路は微風をうまくつかみトップ争い。しかし小深江の岬が近づいてくるとともに無風になったり風向が変わったりで、上位3艇右往左往。なかなか折り返しの日出の一文字が近づかない。なんとか最終のアプローチに入っても風向きが悪くスピードが出ません。レース艇、大型艇に先行され、3番手で折り返し。復路はまず大型艇を抜き、はるか先を一人走るレース艇を追いかけます。別府湾は晴天なら昼前から強い東風が吹くはずです。我慢しながら小深江の岬を越したところでやって来ました、いい海風。アビームの風を帆一杯に受けて6ノット越えのセーリング。下位艇にかなり差をつけ、大型艇にもそこそこ差をつけ2着で北浜にゴール。しかし結果は往路で時間がかかりすぎたこと、ハンディが上げられたことがたたって、修正順位はなんとブービーの6位。でもなぜか満足だった私でした。
11/1 11月になりました。今年の夏はコロナで棒に振ったのですが、秋も早いです。さて、鳴門うどんというと、大分地場のうどんチェーンとして存在感高いのですが、麺の質がいまいちで(店によって違ったり、時間によって差が大きいとか)、小生のお勧めはカツどん単品なんです。ここのカツどんはとにかく肉が大きい。以前は獣臭がありましたが、最近はそのようなこともありません。しっかり味付けできており、おまけの小うどんもなかなか。ただ値段がどんどん上がり、ついに税込み700円オーバーとなってしまいました。カツどんだけならスーパー系列のお惣菜という手もあります。ただ肉が小さい、少ない、容器も小さいなどの難点があって、なかなか半額の値札つかないと手が出ないというのが現状です。ところが最近発見したのですが、マルキョウのそれがなかなか凄い。まず容器がでかい。そして肉の太さがただごとではない。単品としては鳴門のそれに匹敵するというと褒めすぎですがなかなかのもの。おまけに値段が299円。私は萩原店利用してますが、買いだと思います。皆様も一度試してみてください。
10/27 別府のレースから2週間後は県南佐伯のヨットレース。この海域随一の歴史を誇る佐伯市長杯クルーザーレースです。小生にヨットを始めさせた佐伯の西山御大が率いる佐伯セーリングクラブの恒例行事。御大は昨年会長を若手に譲りましたが存在感はあいかわらず。順調な往路と楽しいレース、そして4着6位と成績もまあまあでした。この地のレースは今回19艇が参集。主催者も過去最高の参加艇数と喜んでおられました。みらいへ、という三本マストの帆船の寄港と、スタートマークへの参加もあってお祭りムードも高く、実行委員会の力量を示していました。レースは微風スタートから、かなりの快風の中盤から終盤、そしてのぼり一杯から最後はスピンランと大入島一周の楽しいレースでした。着順こそ4番でそこそこでしたが、修正で逆転され6位。なかなかこの位置から這い上がれないのが課題です。問題は帰路。かなり時化てるよとの声ありましたが、別府の2艇とともに出港。佐伯湾を出るあたりで先に出た臼杵の同型艇が無理だよ〜と引き返してきましたが、そのまま沖だし。二箇所ほど波の悪いところがありましたが比較的順調に豊後水道を上りきり、関崎を回って穏やかな別府湾に戻れたと思ったら、風が吹き上がり大時化に。三角波が立って操船困難なうえ、暗くなりはじめたので回航をあきらめ坂の市の細のポンツーンに逃げ込みました。来月は難病ネットワーク学会に演題応募しており久しぶりの東京行きです。大分市の訪問看護STへのアンケート調査も実施します。学会のスライドもこれからで、忙しくなるぞ〜〜(スナックラジオ風に)です。
10/11 体育の日、別府湯けむりヨットレース開催されました。かつてはレース担当役員として運営側をしていましたが、今は同好会のヒラ会員。ひさしぶりにベテランそろえてレースにのぞみました。海上は微風でしたが、よくあるようにスタートの号砲とともにばたっと無風。ヨットは微風でも動けますが、無風は駄目なのです。あるかないかの風を読んでするする離れていったレーシング艇についで2位の位置につけます。いつもの強豪を後に置きますが、その後ずるずる後退し、上マークではAクラス最後尾。結局その位置を脱却できず苦しいレースを続けて23艇中7着7位。まだまだです。さて、SDカードが突然書き込み不能となって、ファイルの書き込みや削除が全くできなくなりました。ネットで情報を探してみてコマンドプロンプトから属性変更をする方法ってやつを試しましたが駄目。なかには空きスペースを増やすなどという方法が書かれているのもありましたが、そもそもアクセスできないのにどうして空きスペースが増やせるんだよ。結局有効だったのは、書き込み禁止スイッチを少しずらす、という方法でした。やれやれ。
10/4 ちむどんどん、やっと終わりました。ふ〜〜。最後まで疑問だらけの展開で、相当なアンチを生んだ、炎上商法ともいうべき朝ドラでしたが、さまざまな批判が飛び交うなか、製作陣は一切妥協せず、一般人の感性に喧嘩を売るという姿勢を最後まで変えませんでした。ある意味あっぱれではあります。これまでも不快な演出で見るのをやめた朝ドラいくつもありますが、今回最後までお付き合いしてしまいました。そして最後まで裏切られなかったのも凄いです。医師として気になっていますのは、歌子さんのご病気です。突然の熱発などはたしかによく遭遇しますが、やることすべてやりました。これまでの熱とは違いますという老年医師の対応って一体なんなんでしょうか。マンシェット上下逆巻きとかご愛嬌ですが、多くの医療関係者も見ているのですから、あまりに現実離れした病気の演出はいかがなものでしょう。以前、沖縄にはまともな病院がないというのか、という批判をさせていただきましたが、あまりにいい加減な医学考証は有害です。ま、所詮、マンガだ、これはマンガだと繰り返し思い直しながら見ましたが、それでもこのありあまる違和感には恐れ入ります。疲れてしまってしばらく朝ドラ見る気がしなくなっています。
9/26 去年に引き続き、無人の土地となった倉敷の宅地の一部に購入希望者がいるということで、後半の三連休に実家に戻ってきました。残る離れの老朽化は進んでいましたが、まだ泊まることは可能です。ガスは止めているので、カセットコンロで湯をわかして行水しました。今回はじめて岡山ブルーラインという自動車専用道を終点まで走ってみました。これまで途中の道の駅とかまでならあるのですが。そういえば両親が健在だったこと、よくここに行ったという話を聞いていました。もともとはブルーハイウエーという名称でしたが、高速と間違えて速度違反する車が後をたたず、ブルーラインに改称されたようです。岡山からこれに入ると途中から細い山道になり、備前市に入るかというところで大きく視界が開け、かなり高いところに架かる海峡を渡る橋に出ます。緑の山と青い海のコントラストがなんとも圧倒的な景色。ああ、この景色が好きだったのかと今になって分かりました。終点の少し先は日生(ひなせ)の町。ヨット溜りもありますが、港に防波堤がないのにびっくりでした。多島海なので防波堤いらないのでしょうか?海岸に防波堤も作らずポンツーンが並んでいるなんてちょっと我々の常識外です。よくこの前の台風14号無事だったなと思います。その先にも大きな島をつなぐ橋が2本架かっており、なかなかの景色です。岡山行かれたら行ってみてください。
9/9 静岡で起こった幼児バス放置事故。私たちは数年前この九州で起こった事故が繰り返されたことに愕然としました。絶対に起こしてはならない悲惨な事故に対し、注意するということだけでは防げないことをあらためて知らされました。今回の繰り返された事件に対し、子供にホーンを鳴らすことを教えるという対策を主張された方がいます。そういう具体的な対策が必要なのです。そしてそれを考え、実践させる責任が監督官庁にあるというべきなのです。このたび幼児バスは到着後ドアを開けたままにするという対策が示されました。まさに具体的な対策として有効です。こういう対策を前回の事故のあと示されていたら、このたびの死亡事故はなかったのです。精神論ではなく具体的対策を。これがリスクマネージメントの要諦です。今回の対策が出されたことに敬意を持ちますが、もっと早く出すべきだったと、少なくとも前回の福岡の事故のあと出すべきだったと残念に思います。自分もそういう対策を思いつかなかった不明も恥じます。合掌。
9/1 ゴルバチョフさんが亡くなられました。あのとっておきの笑顔で、西側社会の信頼を得て、ソ連という閉鎖社会を世界に開放しました。もちろんその変革は痛みを伴い、共産党独裁崩壊、ワルシャワ条約機構破綻、ドイツ再合併、などソ連の側から見たら、破壊者以外の何者でもないと思います。ペレストロイカという彼のスローガンが、トロイカの一種ではなく、リストラのロシア語読みと知ったのも少し後でした。世界核戦争も想定された冷戦を、一発の砲弾を打つことなく終了させたのも彼の大きな大きな成果だったと思います。その構想力、予見性、実行力何をおいても他に比類するものなき彼の存在をその時代を知っているものは誰も忘れないでしょう。近年のゴルビーさんは顔色も悪くむくんでかつての笑顔が消えていましたが、それは決して病気だけのためではなく、独裁者プーチンの登場とその政治的暴力(物理的暴力も)に悲しんでいたからだと思います。彼がソ連崩壊後に大統領に留まることができたら、現在のロシアはもっと世界から尊敬され、もっと活動的でもっと自由な領域になっていただろうと確信します。もちろん絶対に戦争などはしなかったはず。90歳まで生きられた長命でしたが、晩年の思いはどうだったのでしょうか。今世紀最大最良の政治家の死を悼みます。
8/29 8月9日から職場復帰してよいという保健所のお手紙が、23日付けで送られてきました。実際は抗原検査陽性のうえ咳等も残っていたので、病院という職場であることからも、抗原検査陰性まで待ちました。幸いコロナ後遺症もなく元気に仕事できています。さて、NHKの朝ドラ、ちむどんどんが話題呼んでいます。前々回の何やっていたのは判然としなかったおかえりモネはともかく、カムカムの評判がよかっただけに残念な経過を辿っているようです。一言でいうと、一般人の感性に喧嘩を売っているということではないでしょうか。ネットでもいらいらするという論説や、ツイッターのちむどん反省会などの罵詈雑言が有名ですが、怖いものみたさについ見てしまう(自然に意識から消えたモネとは違い)ということでもあります。その一般人の感性に喧嘩うっているとうのは、今回の内閣改造人事もそういうものになっているように思います。特にそれが顕著だったのは、杉田水脈さんの政務官抜擢ですね。このどうしようもないお方も、安倍さんが消えた今、自然消滅していただけるものと思っていましたが、なんとなんと抜擢ですよ。岸田さんちゃんと見てたのか?内閣支持率の激減のかなりの部分をこの方が担っているように思いますが。
8/17 久しぶりの更新になります。理由は新型コロナに引っかかったことです。7月30日に抗原検査陽性となり、自宅隔離生活を送っていました。この日記は病院内の私物PCからですが触りに行けなかったということです。年齢条件と合併症(糖尿病)のため、抗ウイルス薬であるラゲブリオを服用しました。そのおかげか、熱もなく、倦怠感もなく、若干の咽の違和感と突発的に出る咳程度。しかし10日目の復帰をめざして受けた抗原検査はくっきり陽性。再度復帰をめざした検査も弱陽性。そのままお盆期間に突入し、お盆明けの16日の検査でやっとクリアな陰性になりました。熱など出なかったのでウイルス排除に時間がかかってしまったのかもしれません。まさしくウイズコロナだと思いました。17日間の自宅隔離生活は長かったですが。そのうち慣れてきて食べては寝るの繰り返し。これはいかんと論文書き始めたり、海上には誰もいないからとヨットで出たりしていました。ヨットで別府湾に出ると雷雲に追いかけられるという怖い目にも会いました。やっと復帰して病院に戻りましたが、病み上がりで蒼い顔してるかと思ったら、なにその黒い顔はとNsの皆さんから顰蹙受けたのも事実でした。
7/5 小生の携帯は、セルラー時代からのKDDIです。したがってこの度の通信障害やられました。4日の夕方やっと復旧しました。幸い仕事用はSBのガラケーなのでそちらは使えましたが、固定電話を持たない家庭も増えていますから、レスキュー事案では大変だったろうと思います。幸いそのような連絡はありませんでしたが。今回気になったのは、マスコミの報道の仕方です。つながりにくい状態が、とばかり報道していましたが、つながりにくいというのは、せめて10回のうち1,2回はつながるときを言うのじゃないですか。あの3日間は音声通話は全くつながりませんでした。24時間以上つながらないことを認めると、会社は補償をしないといけないそうです。それでKDDIはつながりにくいと言い張っていたわけですね。それをそのまま垂れ流していいのか。つながりにくいのではなく、つながらないと正しく検証して報道していただくべきだったのではないでしょうか。3日の午前11時に西日本は復旧とかいう社長の戯言をそのまま垂れ流すなど、マスコミとしての節度と矜持はあるのかと聞きたいものです。
6/23 東電原発事故に国の責任なしとした、6月17日の最高裁判決に頭にきて、山本の主張というコラムにそのことを書きました。その後いろいろ考えてみたのですが、ある仮説に辿り着きました。2006年当時の馬鹿な首相が、電源喪失リスクに対し、すでに万全の備えをしているので新たな対策は必要ないとした国会答弁を真に受けた馬鹿な東電が引き起こした破滅的事故に、国民の貴重な税金を使ってはならない。全て東電がバカだったのだからその責任は全て東電にあり、国民にはないというご英断なのではないかと。最低裁判所とか罵って申し訳ありませんでした。まことに民のことを思う大御心であらせられたわけなのですね。なわけないか。
6/14 朝ドラちむどんどんが佳境になっています。わけのわからんことの連続で、しかも沖縄蔑視、東京礼賛のパターンが底流にあって多くの視聴者の疑問や反感を買っているようです。いやむしろ反感を買って視聴率を上げようという炎上商法なのではないかという深読みもあるようです。そのあたりは製作サイドの意図ですからよろしいのですが、ちょっと聞き捨てならないのは、三女の病院を、沖縄ではなく東京に探すという展開です。話のスジを東京に持って行きたい意図は分かりますが、沖縄にはまともな病院はないの?という認識になってしまうではないですか。山原の田舎に大病院はなくても、中央部には病院ありますよ。私ら1970年代の医学生にとっては沖縄中部病院の救急科というのはあこがれの一つでした。米国統治時代から、ハワイ大学の関連病院として米国型の病院医療を行っていたところです。この筋立ては、沖縄の医療関係者の反感を買うと思いますが、そのあたりよろしいのでしょうか。正直これはBPO提訴モンだと思うのですが。
6/13 梅雨入り前の最後の晴天かと考え、日曜はヨットで出港しました。港では無風でしたが、少しセールカバーの補修などをして昼前に港外に出したときは微風。3〜4ノットで静かに沖に向かいます。別府湾は海風は扇状に広がっていますので、弧を描くように北岸へ向かいます。他にヨット2艇出ているようでしたが、ミートすることはなく、引き返し。晴天なら昼頃はかなり海風強くなるだろうと予想しての出港でしたがなかなか風は上がらず、それでも西大分に着くころが一番のよい風。14時に入港し15時までやっている某うどん屋に。これが春から初夏の小生のルーチンです。微風の別府湾はさわやかでまだ暑さもさほどではありません。ただこれからは晴れたら猛暑の季節です。皆様お気をつけて。
5/30 昼は晴れだとかなり暑くなりましたが、まだまだ夜は涼しく快適です。この時期ならヨット泊可能なので(夏場はクーラーとかないので蒸し風呂になってしまいます)、28日の土曜にセーリングで坂ノ市の細に行ってきました。ここは以前大分ヨットクラブの専用桟橋があったところで今は一番端の東側は空っぽです。最干30cmのときに車で寄って、錘をつけたロープをたらし水深を測ったところ、210cmあり、最干推測値が0cm以上なら停泊可能と判断しました。小生のヨットは、キールの底から水線まで1.5mです。水深計は若干水線下での測定ですので、10cm程度の+αがあります。土曜の午後、微風をつかみなたがら19時に細に入港し、最満2mのときが水深計表示は3.5mでした。つまり2m下がっても1.5m残り、ぎりぎりセーフってことです。当日潮は小潮でしたので余裕十分。温度は快適でしたがすでに蚊の季節になっています。今回国道にあるセイムスまで歩いて買い物に行きましたが、帰りを田んぼのなか通ったところ何度も突き当たりで引き返し、おまけに真っ暗な藪の中を歩いてくもの巣が顔にひっかかるなど難儀しました。スマホにはくもの巣の表示ありませんし。少し遠回りになりますが細の部落経由の方が確実のようです。翌日の復路は晴天で、これはよい風が吹き出すぞと期待していましたが、なかなか風が上がらず我慢のセーリング。やっと快風になったのは新日鉄沖からでした。そのまま入港するのは勿体なくて1時間ほど別府湾貸切で楽しみました。
5/24 新型コロナ第六波がなかなかおさまりません。これまでの五波までは新規感染者数がきれいな二項分布をとり、急速拡大、急速減少という現象を示していましたが、今回はだらだらと緩徐に減少するというポアソン分布のようなカーブを描いています。今回は二項分布ではないのか、という観点から見ると、実はあるのです。それは重症者数です。今回の第六波においても、これはきれいな二項分布を辿っています。下の図は、厚労省作成のグラフですが、これまでの波と同様に、重症者数は二項分布をとっていることが分かります。これは何を意味するのか。これは、現在のオミクロン株は、感染力の劣化が起こりにくいが、重症度の劣化が顕著に起こっていると言えるのです。毎日4000人の新規感染が生じている東京で人工呼吸器以上は1〜2名という極端に少ない数にも表れています。このコロナがどのような形に終息するのかという議論において、感染力が強まるかわりに軽症化して普通の風邪になるという予想がありましたが、今その段階に入ったのかと思われます。本当に弱毒化しているかどうかは、ワクチンの影響のない北朝鮮がよいモデルになると考えられます。また、中国の一都市全数PCR検査では、陽性者の8割以上が無症状だったということからもそれはうかがえます。ついに新型コロナもやっと終わりが見えたということでしょうか。この夏以後はいつもの夏になりそうですよ、皆さん。
5/18 ネットでの集合知という概念があります。以前全く分からない病態の重篤な女性がいて、県立病院に送りましたが、かなりたってある疾患だとわかりました。それは日本に500人しか見つかっていない新たな疾患概念でした。そのことが分かって、その患者の病態の特徴を検索ワードとして入れてみると、なんと一発で正答が出たのです。一般検索でです。いわゆる医学辞書系のサイトは、ある疾患がどういうものか分かりますが、病態から病名を調べることは出来ません。むしろ一般検索の方が有効だということを知りました。これが集合知というものなのでしょう。さて、5月の連休は、コロナ渦の前は、ヨットで県南に出向く旅をやっていました。蒲江の沖の全く人手が入っていない森や、星の形をした湾など尋ねていました。夕方の佐伯湾の波のない海を走っていたとき、ひも状の、長いカエルの卵のような生き物が無数にいるのを見ました。この数の多さからいうとミズクラゲの幼生かなと思っていましたが、ミズクラゲの生態を調べてもそういう形態の記載はありません。それがネットで分かりました。サルパという脊索動物なんですね。クラゲよりずっと進化した生物。ホヤに近いらしい。しかも大量発生することがあるようです。海、ひも状、透明を検索ワードにすると画像が出てきます。最初に見かけたのは10数年前の日振島での宇和海ランデブーでのことでしたが、長年の疑問が解けたとともに、ネットの集合知の深さを知ることにもなりました。
5/9 今回の連休は徹底的にヨットにこだわろう、というのがテーマでした。連休最初の土日は3年ぶりに開催された宇和島ヨットレース。コロナのおかげで名物だったパーティもなし。レース前日はよい風つかんで豊後水道を快走し新人さんの操船教育しながら宇和島に回航。ここの市長さんも元ヨット乗りで、開会式にはご挨拶に見えました。レースは風に恵まれ1時間半で終わる高速レース。29艇の参加があり、新人二人と参加して10着修正6位というよい結果でした。僕らが乗っている船のレーティング(ハンディ)が少し甘かったのかも。当日レース終了直後から引き返す予定でしたが、まわりの友人らから、これから荒れて別府方向は真上りになるから無理だよと言われ、船を置いてフェリーで帰ることに。なにせ月曜が平日でしたから。船はヨットの仲間が翌日別府まで回航してくれました。次の三連休は佐賀関へ。かなりの強風のなかジグザグで別府湾を上りますが、なかなか近づけません。湾の外に出ると波が大きくなり、二度ばかりデッキを洗われました。もちろんずぶぬれ。さらに最後のアプローチでは佐賀関港の隙間から強烈な風が吹き出しており、関はあきらめ細(坂ノ市)に入ろうと変更しましたが、入り口近くで調べてみるとその時刻潮がまだかなり低く、入港困難な状況。ここは入り口が浅いのです。風も落ちてきたので再度関に向かい、ペラに流れ藻が絡んだりしながら何とか暗くなる直前港に入れました。なんと出港してから7時間半。車なら30分の距離ですが、これがヨットの醍醐味?なのです。翌日は斜め後ろからの強風(ヨットではクオーターと言います)を受け7ノット越えの快適セーリング。途中で10数頭のイルカの群れと遭遇。金、土は仕事でしたが、土曜の夕方、夕凪の別府湾を北に機走して深江でビバーグ。すき焼きなどを船内で作って連休の最後を楽しみました。
4/26 下郡工業団地の一角に政太郎なるうどん屋ができました。となりは関西のラーメンチェーンの来来亭さん。新規開店かと思ったら、護国神社前に以前からあった(知らなかった)お店の新装移転だったんですね。うどんフリークとしては一度は行っておかねばと先日お伺いしてきました。天ぷらとそばが基本のようで、それにうどん、細うどんも選べるようです。この地の定番、ごぼう天うどんを注文しました。ごぼう天は別皿で薄めにそいだごぼうを上手に揚げています。麺は軟麺。値段は660円で、最近の値上げラッシュですからその範囲内。やや遅めのお昼に伺ったのですが結構人一杯入っていました。こりゃピーク時は無理ですね。皆さんの注文を見てみると、天ぷらはなかなかの出来。天ぷら屋に麺がついていると考えるとそこそこお安め。うどん屋としてみるとお高め、というところ。上品なお店なので女子会あたりによいのではないでしょうか。ただし時間はピークを外す必要ありです。ネットで調べると大分の有名うどんチェーンの鳴門うどんGの派生のようです(真偽のほどは不明)。
4/8 鳴り物入りで登場した、最強どん兵衛。だいたいどこも200円くらいの値付けです。しかも熱湯8分。これまでの5分もやや長いと感じていましたがとうとう8分です。分厚いお揚げに、もちもちごく太麺だそうです。どんだけ凄いんやろうかと期待マックス。熱湯入れて8分待って期待ふくらませ蓋を外してみた目はどうか。上からみたらなんちゃ変わらん。味は?ほぼというか全く同じ。お揚げさんは前よりふっくらですが、しっとり感はなくやはり紙製感あり。で麺は。これもいうほど違いますかね。時間かけた分、少しぬるくなることもあり、通常のどん兵衛さんとなにもかもそう変わらんというのが、私の感想。結論。メーカーの気合ほどは変化ございません。残念。
4/5 コロナにウクライナと緊迫した状況のもと申し訳ありませんが、早くもカムロスになりそうな気分。前作は全く興味が続かず早々に見なくなった反動で、今回襟を正して見てきました。こんなに気合入れて見てきたのは尾野真千子さんのカーネーション以来かも。ついにアニー平川さんが安子とネタばれしましたが、どうまとめて大団円に持ち込むのかですね。あと数日です。ドキドキがとまらない。
日曜は今年初めてのヨットレース参加。かなりの強風に初心者と二人で乗り込み楽しみました。天気がよくて風強しが最高のヨット日和なのです。そしてこの4月から、私達の小研究会の同人で臨床工学士の道越先生が、本年度開設の大分大学先端医療科学科の准教授に就任されました。コロナ渦のもとではありますが、より研究も充実させていきたいと思います。以上新年度のご挨拶でした!
3/23 ウクライナがひどいことになっています。ロシアというよりプーチンの非道さに憤りを感じます。しかし誰もあの悪魔を止められない。核の抑止力の悪用です。そのウクライナ。2年前「赤い闇」という映画がありました。日程が合わず(確か平日の昼のみ)で見れなかったことがとても残念に思っていて、この戦争のために、どこかがやってるんじゃないかと探してみると、なんと地元の独立系映画館が一回のみやるというではありませんか。シネ5さん偉い、ただしワンチャンス。しかもなんと無料。これは人が並ぶぞ、館内に入れるかと不安を持ちながら早めに夕食をすませて、21日の月曜の20時上映の30分前に映画館に行きました。幸い列の前の方に並ぶことができましたが、シネ5BIS館がほぼ満席になりました。映画はイギリスの社会派映画の雰囲気十分。賛否がある飢餓に苦しむウクライナの情景はごく断片的なものでしたが、ロシア革命、WW2、そして今回のロシアによる戦争と本当にこの国は気の毒に思います。ウクライナの国旗を今回覚えました。上が青、下が黄ですね。青空のもと広がる小麦畑だそうです。私はソラスズメダイの配色を思い出しましたけど。ウクライナに幸いあれ。ロシアの戦争犯罪反対。
3/14 日曜の天気予報は午前中晴れ。前日の土曜はいい風吹いていましたがもう夕方だったので日曜に今年初セーリングしてみようと計画しました。ところが日曜は曇り。風もほとんどなく、まあお初ですから気楽にやってみようかと初セーリング敢行。海面にさざなみも立たないほどの微風でしたが、そこそこすーっと走れて西大分から大分川まで出ました。そこで風が止まり30分読書タイム。その後逆からやはり微風が来て西大分まで戻りました。戻ったところで在宅患者さんの人工呼吸器が少し変という連絡が入り、業者に連絡して呼吸器交換。なんか動作がおかしいと再度連絡があったのでお伺いしてきました。着いたときはなぜか正常に動いていたので良かったです。ウクライナひどいことになってます。こういう普通の生活がある日突然終わるなど想像したくありません。
3/10 昨日ZOOMカンファランスによる講演をいたしました。大分県の薬剤師さんの勉強会です。今回薬剤師さん以外の医療関係者も視聴可とのことで少し回りに連絡もしてみました。約60名のご参加をいただきました。演題内容は、難病長期人工呼吸、急性期との違いを主軸に、というかなりマニアックなもので、時間も1時間半いただきましたので、いつも2,30分程度の講演内容をデータの裏打ちなど重ねてこれまでにない分量に仕上げました。ただ薬剤師さんから見た時にこの内容だけでは退屈かなとも思い、難病倫理や事前指示などについても一本仕上げかなり重厚長大なプレゼンを仕立てました。ただ仕立てたのはいいのですが、前日にリハーサルしてみたら全然時間が足りないのです。泣く泣く難病倫理の部分は丸ごとカット。この部分、いつか陽をみることを祈りたいです。そして1時間半しゃべり倒しました。時間は1分超過でなんとかセーフ。のどがカラカラになりましたが、出来のほどは不明です。
3/1 新型コロナ第6波が、なかなか減少傾向が見えません。一時のピークは過ぎているのは明らかですが、落ち方が少ない、あるいは横ばいという状況です。ウイルスの特性から考えると、オミクロン株が自滅に強いということは考えにくく、そうなるとオミクロン2といえる変異株の存在です。これが感染拡大をしていると考えると、オミ1の低下とあいまり、感染者曲線が平行を辿るという曲線の説明は可能です。となると今後増加に転じる(OM1が消滅後はOM2の増加が明らかになる)ことは十分考えられることになり、3月末で終息というのは難しくなる可能性が高そうです。外れてくれるとよいのですが。
さて、久しぶりに大在の蔵羅八さんに行ってみました。昨年以降麺の形状を変えて、小生にとってやや苦手なごわごわ麺になっていたので足が遠のいていたので久しぶりの訪問です。嬉しかったことは麺が滑らかになっていたということ。でないのは、値段が大幅に上がっていたことです。以前の肉うどん390円は550円となっていました。それでもまあ普通の値付けですから文句は言えません。しかしますます客が減るようなことにならないようお祈りするばかりです。高城の元禄さんは、大きな机にはアクリル板を設置されたりと頑張っておられるお店ですが、最近麺の状態が良好です。自動券売機になって値段も1割上がりましたが、小麦などの高騰がありますから、受け入れたいと思います。美味しければ多少の値上げは許容しなくちゃ、うどん好きとしては。
2/15 小生がFBで1月初めから予言?していたコロナ第6波のピーク越えの2月半ばになりました。これから上りと同様に1.5ヶ月で急速に減少すると言っておりました。どうも頂上の平坦部には届いていると思いますし、少し減少しはじめているのではないかとも思えます。上り1.5ヶ月、下り1.5ヶ月というのが小生のコロナ流行に対する考えなので、これは第6波がコロナである以上、変わらぬ流行曲線と考えるからです。コロナがウイルスであるゆえの限界といってもいいでしょうか。なぜコロナよりもっと流行するインフルエンザでも自然に流行が収まっていくのか。実はそれがウイルスの限界と考えると理解できるのです。
2/1 昼間はそうでもないのですが、朝夕はかなり冷えます。先日の日曜の夜、今夜は冷えるなと思ってエアコン入れたのですが、どうもなかなか部屋が暖まらないうえ、腰のあたりが冷たい。あれ、エアコン壊れたんだろうかと手をやってみると暖かい風は出ています。冷気に勝てないのかなと温度をどんどん上げたり、風量を上げてみたのですが、やはり背中に寒気がします。しばし長考して気がつきました。横にある窓、そこそこ開けたままでした。カーテンしてたので分からなかったけど、日中空気を入れ替えようと開けたままにしていました。ほっとしました。一瞬オミクロンさんのご来訪かと冷や汗が出ましたから。土曜は1年ぶりに九重スキー場に行ってきました。人ごみを避けるためにナイターです。ここ2年開けてなかった上級コースも今年はオープンしていました。ただ遅めに行ったのですぐ閉まってしまいましたけど。中級コースのパノラマゲレンデはいつもアイスバーンのところが荒れた硬い雪で、一回吹っ飛ばされて前転してしまいました。最後に初級コースに下りて優雅に滑りましたが、そこで気づいたのは、ここなら70代になっても楽しめそうということでした。いつまで滑れるかというのが心の重しでしたが、少し軽くなった気分です。ただ翌日は両大腿の筋痛が出現し、その後は腹筋痛が出ております。
1/24 遅ればせながら1月22日早朝の日向灘地震の話です。土曜の午前1時過ぎ、眠りに落ちたかと思ったときに、グラっと来て、けたたましく携帯が「地震です、地震です」と言い始めました。最初グラグラグラときて、落ち着くかと思ったらこんどはゆっさゆっさと横揺れ。お、これは南海トラフかと一瞬思いましたが、ほどなくTVが速報を出して、震源は近くの日向灘、M6.4(翌日6.6に修正)と出ました。大分では塀が倒れたり、灯篭が落ちたり、水道管が破裂して水浸しになったりの画像が流れました。確かに結構揺れたけど、ゆっくり揺れたためか机の上に乱雑に置いていた缶やビンが倒れず、電気も切れず意外に影響ありませんでした。病院に電話すると非常扉が一枚閉まっただけとのこと。ほっとしましたが、佐伯市のように停電起こしてたら大変なところでした。高層階のマンションは相当揺れたそうで、棚の物落ちまくりだったそうです。どうも横揺れは南北方向だったようで、置き方によってはテレビが倒れそうになった所もあったようです。熊本地震のときは数日床がゆらゆらしている感覚がありましたが、今回は大分では感じません。でもなぜか地震って夜が多いですね。
1/13 先日の休日当番の発熱外来を担当しました。20数名の受診があり、抗原検査陽性1例、疑陽性1例でした。デンカの抗原検査キットは、値段は高いのですが極めて感度、特異度が高く、これまでインフルでよくあった疑陽性が出ないことが大きな信頼だったのですが、ついに疑陽性が出てしまいました。目をこらすとうっすら出ているようにも見えるという感じ。念のためPCRに出したら陽性でした。当初陰性と思ってやや不用意に診察したので本日自分も抗原検査を受けましたが、陰性。とりあえず良かった。さて、下に書いているホームページのPCとスマホの共用の仕方。どういうことか少し説明しますと、私が使っているのは、マイクロソフト社のFrontPage2000(もう20年前のソフトです)です。リキッドレイアウト(デフォルトがこれになります)で、表を挿入し、横指定をパーセント表示で作成し、縦指定を無効にし、同じくセル内指定も縦指定を無効にすると、そのなかで書いた文字は標準の12ptならPCでもスマホでも適切に表示してくれます。問題は二列の表にしたときで、とくに片方に写真を入れるとうまく表示できません。これはまだ解決していないのです。ところがなぜかうまく表示できているページも少数あってその違いがまだ理解できていません。以上、ご参考になれば。ならないか。
1/6 先月から地元サーバーのネット業務撤退によるホームページの移設やメアドの変更など行ってきましたが、昨日ついに旧HPが閲覧不能になり、夕方にはメールサーバーも停止となりました。毎日山のように届いていたM3などのネットニュースがぴたりととまり、小生のメーラーは静かになりました。メアド変わったらDMが届かなくなるので、配信先の変更処理をしないといけないなあと思っていましたが、今、この沈黙が新鮮です。しばらく変更せずにこの静かさを楽しもうと思っています。てことで、古いメアドではこちらにはもう届きませんので、よろしくお願いいたします。さて、PCとスマホで表示が違うため、その共用を目指しておりましたが、表紙が難問でした。なんとか一応この難問が解けて、統一できました。一部に不自然な部分もありますが、表紙はPCで見ても、スマホで見てもなんとか読める程度にはなりました。
1/5 昨日より2022年の通常業務開始です。病院の場合はお正月でも病棟は稼動し続けますけれど。さて、今年から当院には新たな常勤医師が加わります。後藤幸枝先生で、循環器内科専門医かつ総合内科専門医の2大資格をお持ちです。来週より外来にも入っていただきます。これまで循環器内科の専門診療は、週1単位、大分大学からの派遣でしたが、今後は常勤のDrの対応が出来ます。木曜以外は原則おられますので、どうぞご利用ください。わが病院も久しぶりの大きなパワーアップです。今年をよい年にみなさんとしていきましょう。
1/2 うららかなお正月の陽射しです。さて、小生もまことに遅ればせながら昨年よりスマホを持つことになりました。スマホというのは小さなPCみたいなものですから、自分のサイトを見たくなります。ところが見てびっくり。物凄く小さい文字でほとんど読めないではありませんか。確かにスマホなら指で拡大できるわけではありますが、あまりに見栄えが悪いというかみっともない。そこで一念発起して、PCでもスマホでもどちらでも最適化するように工夫してみようと思い立ちました。1列の表のような単純なページはその仕方がわかりました。ところが2列の表が入るととたんにうまくいかなくなるのです。ところがなかにはなぜかうまくいっているページもあって、その両者の違いが全く分からないのです。表紙の部分などはPC用では文字サイズが異なっているのが混在しているので、別ページにしましたが、コンテンツはなるべく共用にしたいのです。正月は倉敷の実家に帰って大掃除しようと思っていましたが、まずサイトの修正に全力上げることにしています。1日に頑張って、かなり作業進みましたが、どうしても越えられない壁がありました。多少妥協点はありますが、一応最近のコンテンツについては、共用できるレベルに出来たのではないかと思います。PCで見ると不自然に大きなサイズの文字が混在しているのはそのせいです。お許しください。例えばこのページですが、左の日付の部分がPCでは大きく、スマホでは小さく表示されてしまいます。このあたりが妥協点なんですね。
1/1 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。昨年年末は大分ほぼ2ヶ月コロナゼロという快挙を達成し、少しリラックスできた年末でした。しかし世間ではオミクロン株がこれから流行しそうな気配です。これまでのコロナより毒性が低いとは言われていますが、重症化する率は通常の風邪やインフルの比ではありません。油断なさらないようお願いいたします。さて、昨年は12月からかなり寒くなり、これまでの暖冬の冬とは少し趣が違います。積雪のおかげで2年前に営業停止してしまった瑞穂ハイランドスキー場も部分的に再オープンとのことです。以前は行くたびに少しずつの進歩を実感していたのですが、ここ2年はむしろ退歩しているようで以前のように行きまくるぞ、という情熱が落ちてきている昨今です。残念ながら歳なのかも。いや、永遠の55歳で今年も頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

 

 

BACK