山本の主張

Dr Makoty's advocate 2022

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2022年3月11日 ウクライナと憲法9条

ロシアが、いやプーチンがウクライナに攻め込んだ。現代のヨーロッパに、第二次大戦の風景がデジャビュのように再現されることになった。独裁者というものの存在が、一般市民にとっていかに危険かがわかる事態である。特に今回問題と感じるのは、ウクライナがロシアに対して防衛的であったにせよ攻撃的ではなかったにもかかわらず(国内の親ロ派地域に対する攻撃はあったにせよ それは国内問題である)一方的に攻撃したという野蛮な事実である。百歩譲ってドンバス地区の独立承認と軍隊派遣までは国際的に許容範囲であった可能性がある。当初そう思ったトランプなどはプーチンは天才だと賞賛したことが報じられている。そしてそれは過去にグルジアで実施し、国際的には許容された行為でもあったからだ。チチェンでは首都を完全に破壊した。このときはチチェンゲリラがロシア国内で激しいテロを行っていた。当時は旧ソ連での内ゲバと僕らは感じていてあまり関心を寄せなかった。今回も同じではないかとプーチンは感じたのかも知れない。

 しかし今回は違う。ある意味価値観を共有する、民主的に選出された大統領による決してロシアを攻撃するような政治を行ったわけでもないウクライナを有無を言わさず軍隊を送り込み、何をやってもウクライナがやったと嘘を流し好き放題町を破壊するという野蛮な侵略行為をしている。それをさせられているロシア国軍の兵士も気の毒だと思うが、普通の生活を一夜にして奪われたウクライナ市民のありえない不幸にはかける言葉もない。ただいわゆる親ロ派占拠地区というドネツクとルガンスクに対し、中央政府がどのような攻撃をしていたのかは意図的にか伏せられているのが気にはなる。もしプーチンがこの両地区の占領だけに留まっておれば、現在のような激しいプーチン批判は起こらず、グルジアのときのように現状が固定したと思われ、その意味からはプーチン老いたりと感じる。

 プーチンはなぜウクライナ全土の占領を目指すのであろうか。民主化されたウクライナはこのままではロシアの敵国になるという妄想であろうか。例えNATOに加わったにせよ、圧倒的な戦力差のあるロシアに対しウクライナが攻め込むなどありえない設定だろうし、ロシアの核の脅威からもNATOが戦争をしかけるとも思えない。さらに冷酷無比なリアリストであるプーチンがそのような妄想に支配されているとは考えにくい。もう一つは、政治ということに対する極端な傲慢な思想からきた可能性である。例えば同じく隣国のベラルーシは強権大統領ルカシェンコが、選挙結果を捏造し、国民を軍と警察の力でねじ伏せている状況が成立している。政治は民衆と乖離しても支配できると考える傲慢さである。カザフスタンでも最近似た状況があり、ここでもロシアは軍を出して民衆から反対された支配層を守った。そしてこれらの状況に西側は無関心であった。ウクライナでも権力さえ握れば国民がどう考えようが支配できるという幻想を持ったのであろうか。そのため速やかにキエフを占領し、現大統領を退任させ、ロシアによる委託統治を開始すればドンバス地域のみならず全土をプーチンが支配できるという目標が成立してしまったということになる。ソ連帝国の再来である。プーチンはソ連復興を夢見たということなのだろうか。 

自ら戦線に立つこともなく、クレムリンの奥深くで脳内でのみ戦争を構想し、侵略する意図も熱意もない若い兵士を無理やり戦わせ、そして死なせる。これが政治の恐ろしさかも知れない。我が国がWW2で行った悲惨極まりない作戦指導は、安全なところにいる無分別で傲慢な指導者によってなされたものであるが、危ないのは国民こぞって戦争に熱狂したことである。ではそれを止める術はあるのだろうか。我が国にはある。それが憲法であり9条なのである。戦争放棄の憲法こそが、そのような指導者の傲慢や民衆の一時的な熱狂で戦争に向かわせることを止める最大の武器、障壁なのである。このような危機を見て、9条を無効化させようとする勢力は多いが、それこそが戦争への道であることを自覚しなければならない。民衆はそのような事態では、熱狂によって理性的な判断ができなくなるので歯止めにならないのだ。9条がなくても戦争などには巻き込まれなかったというデマゴギーも存在する。しかし日本に9条がなかったら間違いなく自衛隊はベトナムに参戦させられていた。事実韓国はベトナムに派兵していることからそれは明らかである。9条はわが国民と自衛隊員を戦争から明確に守ってくれたのだ。 

戦後の混乱期に戦争未亡人を組織化した創価学会はもともと骨の髄からの反戦であったが、もうその世代は地上にはいない。9条こそ、例え古びていても民意に背いてもわが国を守る神の盾なのだということを我々は知っておきたい。憲法だから不老不死なのだ。それを無理やり殺してはならない。